ヒシの実(伊集院静)

全日空の機内誌に毎回掲載されている

伊集院静氏の「旅行鞄のガラクタ」を

いつも楽しみに読んでいるのだが

3月号の文章は自分自身にも当てはまることのようで

大変共感したのでその一部をご紹介したい

何年かに一度、後輩のスポーツ選手や作家から

自分は今の仕事をやり尽くしたので

もう空っぽで何もできない、と聞かされる時がある

その時、私はこう言う

それは断じてない。

人の心身の中にある器は空っぽになることはないのです。

空になるまでやりつくした器にこそ、

想像できないほど素晴らしいものが注ぎ込まれるのです

これ以上もうできない。

そこまでやってみることだ

そこで初めて見るものがある

少し言い過ぎの感もあるが、私はそう信じている

かれこれ30年以上前の話である

当時、私は京都で暮らしていた。

小説を書き始めたころで、一年で数度上京していた。

その上京は2冊目の本が上梓された後で、編集担当者のN君と2人で

銀座の小さな中華料理店でささやかな宴をした。

初めて出版した本には様々な人の思惑もあったが

2冊目の出版ができるとは想像もしなかった。

出版は私より若い編集者のN君のお陰だった。

・・・・・

「N君色々有難う」

「いいえこちらこそ。3冊目を是非書いてください

この調子ならきっといいものが書けますから」

私はしばし沈黙し、正直な気持ちを伝えた

「無理です。自分の中にあったものはすべて吐き出しました。

もう何もありません」

N君は私の言葉に目をしばたたかせた

「そんなことはありません。僕は信じています。」

「N君、そのようなことは私が一番わかっているんです

自分の度量というものをです」

N君は何も答えずうつむいていた

・・・・・

N君は大学を卒業し出版社に入社してすぐに私の担当になった。

作品が仕上がるのを7年待ってくれた。

途中編集長が変わり、あんな遊び惚けている奴に小説が書けるか

上司の言葉にN君はもう一年、もう一年だけお願いしますと

頭を下げ続けた

・・・・

今月のガラクタはヒシの実

琵琶湖の波打ち際に揺れる奇妙なものが目に留まった

同行のスタッフがヒシの実ですね

水辺に生息するんです。ほら尖ったところで水底をつかむんです

夜、居酒屋でヒシの実を置いていると

女将が「あらヒシの実ね。可愛いでしょう。

でもその子は必至で水底をつかんで生きていこうとしているのよね

けなげでしょ。

ヒシの実は草木になることしかできないから頑張っているのよ

だから可愛んだよね」

・・・・

年が明け,N君が京都に来た時

私はヒシの実を出し、自分の不甲斐なさを詫びた。