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マンゴーの花

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宮崎完熟マンゴーのルーツ
西都の曽我さんのマンゴーの花を見に行ってきた
昨年は収穫が終わってからの10月、11月の天候が不順で
日照時間が少なかったのでちょっと心配とのこと
まだ3分咲きの頃だったが2月10日過ぎには
満開になるようだ

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ミツバチが受粉している       花が満開
 
マンゴーが実をつけるためにはミツバチに花粉を運んでもらうことが必要だ
受粉で活躍するミツバチはリースで対応していると言う
1箱6000~7000匹入っている
それを曽我さんところだと大体20箱リースで使うと言う
ミツバチが活躍するのはハウス内の温度が20~25度ぐらいが適温
寒い冬の間はマンゴーの花とミツバチの受粉の季節でもある
 
一番頭が痛いのは燃料の問題
マンゴーのビニールハウスでは
冬の寒い間は25度に保たなければならない
そのため燃料で暖房を24時間行う
燃料費が相当かかるのだ
昨年と今年を比較すると燃料の重油が何と1.5倍に高騰している
ハイブリッドのエコの機械も入れているが
5割アップだとどうしようもない
これだと普通のマンゴー農家はお手上げだ
しかも燃料価格が安定すると言う、先の見通しが立たない
それを考えて暖房の時間や温度を落とすと
あの甘さのマンゴーには絶対ならない
だから頭が痛いとおっしゃっていた
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野菜のピーマンは20度、きゅうりは15度ぐらいの温度は必要だという
燃料高騰は宮崎の農業にとっては死活問題でもある
 
そして震災からすべてが変わった
日本中がお金を使わないようになってきた
不安だと財布のひもも締まるのが怖いと・・・・・
そのためマンゴーの価格は上げるわけにはいかないだろうと
 
今まで農業設備の工事費の半分は
補助金が昨年まで出ていたが
今年は震災復興のほうにお金をとられてこちらのほうには回ってこない
だから宮崎では設備を増やそうと言う農家がほとんどいない
 
まあ先の暗い話ばかりしてもしょうがない
前向きに頑張るだけと曽我さん
相変わらずの西都弁丸出しだがとっても味のある人だ
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とっても仲の良い夫婦 (曽我さんと久子さん)
12月に鎌倉で親戚の結婚式があり
ついでにご夫婦で東京・奥多摩の小沢順一郎社長の澤乃井に行かれたそうだ
遠かった~
でも山の中の文化蔵で良かったと楽しそうだった
小澤さんからも曽我さんが来たよーと私に連絡があり
大吟醸を楽しむ会を続けているおかげで
こんな暖かい人間関係ができていることがとてもうれしいと感じている
 
今年は5月のゴールデンウィーク明けから
完熟マンゴーの収穫になるだろうということだった
また今年もとっておきの甘さのマンゴーを食べさせてほしいものだ
しかし曽我さんの未来への農業に対する不安の発言を聞くだけで
宮崎の農業の明日はどうなるのだろうか?
という大きな疑問を持たざるを得ない・・・・・・・
 
 
1月18日シーガイア・サミットホールで
4人の宮崎出身シェフによるガラディナーLOVE MIYAZAKI NIGHT
が約300人のお客さんの参加で開催された
さてその宮崎出身の4人のシェフのご紹介を少し・・・・・
 
レストランモナリザ 
オーナーシェフ河野透
1957年生 川南町出身 82年にフランスにわたり、パリスイスで修行
現在モナリザで指揮を執る
 
KIHACHI銀座本店 
シェフ 鶴田正美
1963年生 新富町出身 88年フランスにわたり
95年銀座本店の副料理長として入社後シェフに就任
 
TATSUYA KAWAGOE
オーナーシェフ 川越達也
1973年 国富町出身
国内で修行後2000年に独立
2006年店名を改称後代官山の人気店となる
 
Ristorante  SILVERADO
グランシェフ 中原弘光
1975年生 宮崎県出身
国内外で修行後 リストランテ キオラの料理長を経て2009年から現職
 
今や日本を代表するほどの4人のシェフも
前々日から宮崎入りという気合の入れよう・・・・
さあいよいよ夢のメニューがスタートする
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カダイフで巻いた伊勢海老とイカのクネルフリット
メロンのガスパチョと金柑のチリソース     (鶴田シェフ)

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 彩りのセンスが素晴らしい  左がハープの菊池先生、真ん中が中原さん
 郷の土 野菜のデリーナ バーニャカウダ仕立て (中原シェフ)

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  盛りつけの綺麗さ          鶴田シェフのご両親と記念撮影
初春の野菜を巻いたヒラメの昆布締めと
西米良サーモンの西京漬けミイキュイ柚子風味 (鶴田シェフ)

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太陽のパスタ 尾崎牛ネックのチカテッリ アマトリーチェ風 (中原シェフ)
独特のこってり感は赤ワインにマッチ

 
アマダイのソテーと白菜の煮込み
シノワなアメリケーヌソース    (川越シェフ)
ソースには釜あげうどんのだしをミックス
残念だが味は普通
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                                                        薬剤師の永倉さんと川越シェフ
 
宮崎産ポークのとろとろ煮 ジンジャーとトリュフ風味 野菜のニョッキ添え (河野シェフ)
気品があって美味しい
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                      これが黒トリュフ

苺のスープ仕立て 『 モナリザのほほえみ 』
題名も素晴らしいが苺の爽やかさが見事
一番感動した逸品
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                  河野知事夫妻も満喫のよう
 
ガトーショコラ 宮崎県産フルーツとマスカルポーネのグラスとともに (河野さんの紹介パティシエ川崎さん)
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最後に5人登場して自己紹介
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最年長のモナリザの河野さんがまず見事なフランス語で自己紹介
30年やってきて故郷でたくさんの皆さんに料理を出すことが
私の夢だった
東京では宮崎シェフズクラブを結成している
色んな事をこれからもやっていきたい
次に鶴田さん
宮崎の復興のためみんなで頑張りたい
料理を通じて幸せになることが私の信念
スマイル担当の川越氏
こんな企画に参加できたことが嬉しい
味見をしながら素晴らしいシェフたちだと改めて思った
ドリームメニューができたと思う
中原氏は東北にも炊き出しに行った
宮崎が新しく変われるようにとの想いがある
今日は嬉しい感動だ・・・・
パティシエの川崎さんは
いつも宮崎を感じながらデザートを作って行きたいと・・・・・
 
300人の料理をフルコースで出すこと自体が至難の業
色んな些細な問題点はあるが・・・・・
こんなことを宮崎でやることができた意味はとてつもなく大きい
宮崎県出身者で結成している宮崎シェフズクラブがますます団結して
宮崎の食材で料理をアピールしていただき、ひいては宮崎の農業の活性化につながればと願うばかりである
4人のシェフとパティシエの川崎さん
お疲れ様でした そして有難うございました
この企画を実現させたフェニックス・シーガイア・リゾートの河本社長はじめ
関係者の皆さんの努力に敬意を表したい・・・・
 

カーブドッチの夢

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一人の男が理想の夢を形にしたワイナリーがある
それは新潟にあるカーブドッチだ
 
作ったのは落希一郎氏 
1948年鹿児島県生まれの64歳である
彼は東京外国語大入学後学生運動に明け暮れ大学を中退
ワイナリー経営に関心があった北海道の叔父に勧められ1968年ドイツに渡る
西ドイツの国立ワイン学校でワイン作りを学ぶ
 
1976年卒業後、帰国して日本のワイン造りに愕然とする
何と海外から輸入したワインを国内で瓶詰して国産と売っているワイナリーもあったほど
 
何とかして日本が育てたブドウで国産のワインを造りたい
そんな夢が自分自身の中に猛然と湧いてくる
北海道、長野とワイナリーを渡り歩きながらワイナリーの理想郷を求めていく
新潟の角田浜
ここはボルドーと似た地理的条件だった
海に近い砂地が多い地帯だ
彼はやっと見つけた理想郷、新潟でワインづくりを決意する
落はその時44歳
しかし手持ち資金は200万
銀行はどこに行っても資金を貸してくれない
 
四面楚歌の中で考えたのが逆転の発想だ
銀行が資金を貸してくれないのであれば全国の消費者から賛同を集めることができないか
ワインは2年間は生産ができない
その2年間を消費者がサポートしてもらえれば・・・・
これがヴィノクラブの本音だった
 
ブドウの苗木のオーナー制度
一口一万円
10年間一本づつワインを送り続けます
これが徐々に口コミで広がり大きな輪になっていく
会員にはその年のワインが1本ずつ送られてくる楽しみが
ワイナリーとの絆にもなる
これが結果的に大きな成功を生み出していく
毎日振り込まれる予想外の金額に落たちは
責任感で身の引き締まる思いだったと
「絶対に成功させなければならない」
 
苦しみの中から生まれたヴィノクラブこそ
なコミュニティが農業を支えるCSAの日本で一番大きな形だと考える
 
現在ヴィノクラブは約1万人
そしてカーブドッチは年間30万人の集客する大人気のワイナリーとなった
宿泊施設もオープンさせ順調に拡大を続けている
 
カーブド落を短縮するとカーブドッチだ
落さんはワインは農業そのものだと言う
一本のブドウの苗木を心を込めて育て
それがやがて味わい深いワインになる
ワインは移動することで味が落ちていく
その土地で消費されることが一番ワインにとっても幸せなことであり
味も香りも一番良いのだ
まさにワインも地産地消が一番だと言うことである
 
落さんの周りには個性的なワイナリーを目指す方々が集まりつつある
その人たちの技術指導を熱心に行っている
ワイナリーの周りに個性的なワイナリーが集積していく
それがクラスターとなり
カリフォルニアのナパみたいになればとても楽しいことだと・・・・
1人の男のワインの夢が地域をどんどん活性化させている
地域の活性化に最も大事なのはこだわりと信念とアイデア
そして最後にはやはり人の情熱である
TPPでの農業団体からの反発がものすごい
今回はTPPの論議の前に
もう一度日本農業の現状を数字で冷静に見てみよう
今のままで、はたして日本の農業は将来的な展望はあるのだろうか?
 
2010年農林業センサスの数字からは
農業人口の減少が加速化している
1990年農業就業人口の482万人からほぼ半分の260万人に減少した
引退する高齢者に新規就農者数が追い付かない現実
しかも就業者の平均年齢は初めて65歳を超え65.8歳となった
たぶん私が見て回った状況から見ると米の生産現場では
もう平均年齢が70歳近くになっているように感じている
この状況だと日本の農業はあと10年持たない
 
米専業だけでは食べられない今の農業
リタイヤする農家も多い
耕作放棄地が2005年より1ha増え40万haに増えた
わずかに明るい光は法人を含農業経営体の平均面積は2.2haと
2005年より0.3ha増えたことだ
 
しかし今年は原発事故の影響もあり農業から廃業する人も一挙に増える
そして放射能汚染などで耕作不能な土地などもグーンと広がる可能性もある
日本の農業の未来は四面楚歌の中、非常に厳しいものとなっている
 
10月に野田首相が議長を務める 『食と農林漁業の再生実現会議』が
農業再生の基本方針を示した
消費者負担から納税者負担への移行
ただし方向性だけで具体策が見えてこない
今までの農業からの改革は数字から見るだけでも待ったなしの状態なのに・・・・
 
こんな中でアメリカで農業支援の面白い取り組みが進んである
CSA (Community Supported Agriculture)
地域社会が支援する農業
消費者が自分の支援したい農産物の生産者を指定し
前払いで金額を払い農家に作物を作ってもらうシステム
もちろん天候リスクは農家と共にCSAの会員も共有する
作物の量は天候に左右されても、できた量だけを手渡すこととする
 
消費者が農業を体験するためにその農家に手伝いに行くことももちろん可能
このシステムは今までの農業の流通システムをまったく通らないため
安全性に疑問がある作物がまじることはない
まさに農業生産者と消費者の垂直統合
消費者にとっては生産者を応援することで新鮮かつ食の安全が保障され
農家にとっては先払いでいただくことで天候のリスクに左右されない
安定した農業生産をすることができる
アメリカでは現在12000か所のCSAが存在すると言われている
 
実はこのCSAの生みの親は日本なのだ
1964年頃の日本の生活クラブがルーツで
ヨーロッパ、アメリカに広がっていたシステムなのだ
消費者が農業生産者をトータルで応援するCSA
日本ならではのCSAの草の根の広がりこそが
消費者側から農業を支えるとともに
農業の生産現場を考え日本の食料そのものを考える良い契機になり
地域農業の活性化の一助になると確信する
私なりに宮崎ならではの地域自給という食料循環社会の実現を
CSAの形でぜひ検討してみたいと考えている

えびのの本坊農園のEM菌による有機農法で作った
こだわり野菜を楽しみながら見学して回った
まずはしょうが
こんなしょうがの葉がこんな形になるとは思いもしなかった
根を抜くとまさしくいつも見るしょうが
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 ショウガ畑
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下がアスパラガス
こんな植物だったのかと驚き!!
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そしてブロッコリー畑
無農薬だからこその野生の力強さを感じる野菜たちだ
 
皆で子供の気分で柿チギリ
竹の先端を割ってそれに柿の枝を巻き込んでとる
なつかしい
腕白な子供のころを思い出す
 
そのあとはユリの生産農家の堂領さんのハウスへ
ユリの種類は何百種類もあるようで球根も何種類も仕入れているそうだ
ユリの値段もなかなか上がらないで
経営も苦労されているようだが
ユリがカサブランカだけではないことを知って少しは勉強になる
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さてそのあとはお待ちかねの懇親会
本坊さんご夫妻と息子さんとスタッフの方と
地元のおばちゃんたちも大勢加勢して心からのおもてなし
 
地元で栽培した小麦で生地を作りトッピングをして
手ずくり釜で焼き上げる
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その横にはさっき収穫したばかりの枝豆を鍋で茹でている
 
地鶏、美味しそうなおでんの数々
そして新米のおにぎり
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ビニールハウスで栽培した無農薬のアケビとイチジク
嫌味でない甘さが自然にじわっと体に浸み込んで行く・・・・
 
美味しい自然の野菜の力に驚き
生産者の思いに感動し
本坊さんの情熱と実行力にも感謝しながら
地元協力会で伝統的でユーモラスな田の神さあの舞を見ながら
えびのの夜は更けていく・・
本坊照夫さん(61)、千代子さん
農業に熱き情熱と信念を持っているご夫婦だ
えびの市で長年EM菌を大切にした土づくりなどを行い
完全無農薬という形でお米や味噌作り、野菜など生産されている
本坊農園の代表者でもある
本坊さんの米や野菜は宮崎や福岡で評判になっているほどだ
 
今日は本坊さんに誘われ.稲刈りと収穫ツアーに参加させていただいた
あいにくのお天気だったが
集まったメンバーは全国各地から
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東京、神奈川、奈良、福岡をはじめとして約20名ほどのメンバー
久しぶりに鉱脈社の川口専務の顔も見える
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本坊さんのご挨拶
大自然の土の力で育った野菜やお米は人の体を健康にしてくれる
毎日自然の恵みの農産物を食べることによって
自然治癒力と免疫力がつき
病気にかかりにくい健康な体を作るんだと・・・・・

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さあ稲刈りである
今日はもち米の稲刈りだ
もち米は通常の稲より背丈が低い
のこぎり鎌で稲を一掴み手でつまみながら鎌を手前に引く
すっと小気味よく切れていく
初めての稲刈り体験である
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腰をかがめている姿勢なので5分ほどするとすぐ体がきつくなる
我ながら情けない
ちょっとの体験だけでも農業の大変さが実感できる
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そのあとは脱穀
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足踏み式の昔ながらの脱穀機械である
この機械はレトロでエコでもあるがもう現在はあまりないだろう
稲からモミがどんどん取れていく
貴重な体験だ
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そのあとはトーミという古い機械で
手で回して風を送りながら
モミを、ごみと、ダメなモミ、そしてきれいなモミに振り分ける
この昔ながらの機械もとても興味深かった
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日本の米づくり100選にも選ばれたえびのの米は美味しい
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そしてえびのは田の神さあの里としても有名だ
この地区には珍しい田の神さあがある
ただ1つの夫婦田の神さあだ
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この田の神さあに今日の収穫を皆でご報告した
のどかな田園風景をじっと見守る田の神さあに
自然を畏敬し感謝する村人たちの豊かな心を感じた
 
宮崎市から車で約30分ほど山側のほうに走ると
そこが照葉樹林と有機農業で有名な綾町だ
街の中心地のほんものセンターで有機野菜を買うのも楽しいものだが
あと一つ新しい楽しみ方が増えた
ほんものセンターから綾川荘に向かう途中に
おしゃれなスウィーツのお店ができた
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農家の方が自分の農地にスウィーツのお店をだしたのだ
田園風景に良く溶け込んでいる新しさと全体のデザインも素敵だ
名前はフクトミファームガーデン・アヤ
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今注目のお店と言ってもいいだろう
ここのお店の特徴は米粉を使ったお菓子、パン類が充実していること
1番人気は玄米ロール、
玄米シュークリーム、そしてモンブラン等も人気だそうだ
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さて今日は玄米ロールとチョコレートケーキ、そして玄米プリン
お店の中には小さいながらもカフェコーナーがある
外にはウッドデッキもありお天気が良いと
こちらのほうが綾の空気を感じられて気持ち良いだろう
 
接客の女性たちの対応も丁寧で感じが良い
玄米ロールの味はさっぱりとして米粉のもちもち感もあり私好みの味だ
チョコレートケーキはさっぱり感がありすぎて逆に物足りない
玄米プリンは普通
4月27日にオープンというまだフレッシュなお店だ
まだ若い社長さんだが
農業をされているだけに自分で収穫したお米も売っている
自分でお米を作ってその米粉でお菓子やパンを作り販売する
まさに小さな農業の六次化のチャレンジであり地域活性化の試みだ

紅葉の時期、綾に出かける時にはこのお店もお忘れなく・・・・・
 
 
米粉度  ★★★
 
フクトミファームガーデン・アヤ
〒 880-1302
綾町大字北俣1423-2
0985-77ー1313
10:00~18:00 (木曜休み)
 
マスコミで一時大きな話題にもなったし
本にもなったぐらいなのでご存知の方も多いだろう
農山村の地域活性
今日はその中心人物を深く取り上げてみたい
 
葉っぱで地域おこし
葉っぱビジネスで山村の活性化に成功したところがある
その活性化の成功の裏には
あくなき情熱と想いを持った人がいた
 
徳島県上勝町
山林が面積の85%以上を占める
人口は平成23年で1911人
60才以上の方々の比率が58%を占める
日本の典型的な中山間地域であり過疎地である
 
代表的な産業は林業、棚田、みかん栽培
それが長く営まれてきたが昭和56年の大寒波で
みかんが壊滅的な被害が出る
横石知二さんは徳島県農業大学校を出て
地元の農業協働組合に営農指導員として働いていた
その頃の地元農民の感覚は田舎はいつも負け組というものだった
人を批判することが日常茶飯事
最初からあきらめている
女性の出番が少ない環境
時間に対しての感覚のなさ
悪い慣習から脱却して新産業を構築しないと・・・・・
横石さんはどうにかしなくてはという情熱と想いだけは強かった
 
そんなある日
大阪の寿司屋で若い女性が
葉っぱを見て感動して大切に持って帰ったのである
これを見て横石さんのスイッチが入った
葉っぱが日本料理のつまものとしての可能性・・・
これだったら上勝町でもやれる
 
早速地元に帰り声をかけてみた
狸じゃあるまいし葉っぱが金になるなんて・・・・・
等非難ごうごう
こんなもの売るのは嫌だ、こんなもの売れない・・・・
そんな中を説得し4人でスタートした
 
横石さんは京都や都会の日本料理屋などを自費で通った
その現場で大きなヒントが見つかっていく
葉っぱの素材についてのポイント
何が求められているのか
万葉のいわれ
料理人の立場を理解する
調理の現場を見続けたことが劇的な成功へとつながっていく
 
実際に地元に料理人に来てもらい研修を行ったことも大きかった
葉っぱの日本料理での使われ方
葉っぱの商品のいわれ、価値など
たとえば南天は厄払い、松葉は不老長寿、うらじろは夫婦円満など・・・・・・
村のおばちゃんたちは自分の村のどこでもはえている葉っぱの
本当の商品の価値を知り
経験したことのない驚きと凄い発見に
やってみようかの動機付けになったのである
 
徐々に販売が軌道に乗り1991年に第三セクターで(株)いろどりを設立
横石さんたちはパンフを持って全国の市場に売り込み
夜はお店、朝は市場の日々だった
この努力が徐々に実を結び
マスコミに取り上げられ外国にも紹介されてことで
一挙に関心が高まり収入も上がり生産者は急増していく
 
葉っぱビジネスは軽い、きれい、根気の
高齢者には最適の作業
しかも航空輸送にも最適品
 
上勝町のいろどり農業は今では320種の葉っぱが生産されている
生産者は200人を超えている
そして今やICTを駆使しての取り組みを行っている
短納期、即日発送
多品種、少量生産、個選個送だ
しかも各人の売上ランキングが毎日わかる
高齢者の人たちが頭を使って個人が競う
まさしく産業福祉が実現している
つまもののシェアは全国の8割と圧倒的な数字である
 
ある料理人は言う
器は着物、引き立たせているアクセサリーがつまものだと
 
現在(株)いろどりの社長の横石知二さんは
高齢者の方々が
まだできる限界にチャレンジする勇気と行動が大事だと・・・・
地元では80才以上でも元気に働いていると
 
一人の人間の情熱と想いからこの地域は蘇り活性化したのだ
山村の資源で新たな基幹産業を創り、
住民に誇りと自信そして笑顔と元気を与えた葉っぱビジネスは
日本の原点をも考えさせられるよき成功例だ
 
 
 
新米の待ちどうしい季節になってきた
新米の銀シャリと旬の秋刀魚の塩焼き
これを食べるだけで日本人で良かったと思える瞬間だ
 
日本のお米の作付面積ベスト3はコシヒカリ、ひとめぼれ、ヒノヒカリだ
九州はヒノヒカリが主力銘柄である
ヒノヒカリ(南海102号)はコシヒカリと黄金晴との交配によってできた品種
宮崎県農業試験場で育成され1989年にヒノヒカリの命名登録
1990年に種苗法による品種登録がなされた
九州の日(太陽)が輝く様を命名したという
ヒノヒカリの特徴は温暖地域でも美味しい米ができるということだ
 
しかし近年の地球温暖化による猛暑の影響で
コメの品種にも激変の状況が生まれている
ヒノヒカリは穂が出た8月から9月の気温上昇が原因で
米粒が白濁する品質低下が近年目立っていた
一日の平均気温が27度を上回ると品質の低下が顕著になっている
地球温暖化の影響が米にも拡がっている事実だ
 
より具体的にみると
ヒノヒカリの一等米比率は
福岡県 10.8% 佐賀県 11.9% 大分県 39.7%
長崎県 2.4%  熊本県 1.8% 宮崎県 10.3%
鹿児島県  23.3%
の悲惨な状況
 
こんなことから猛暑でも対応できる米の品種が緊急課題となっていた
九州で温暖化対応米の先鞭をつけたのが長崎県
九州沖縄農業推進センターが開発したにこまるの品種の栽培を
2006年に開始、2011年には2000haの作付を目指す
大分県も2008年からにこまるの作付を開始した
そのほかの県は独自の温暖化対応米を開発し2009年から作付を始めた
佐賀県 さがびより
福岡県 元気つくし
熊本県 くまさんの力
鹿児島県 あきほなみ
各県とも今年は作付面積を一挙に広げている
一等米比率も高いことが拍車をかけている
 
さてヒノヒカリを開発した宮崎県がやっと動いた
2011年3月23日宮崎県農業試験場は
10年かけて開発した耐暑性品種 『南海166号』を育成し
品種登録申請をすることに決めた
満を持してヒノヒカリの後継品種として育てる考えだ
食味はヒノヒカリとあまり変わらず
10センチメートル低いため台風でも倒れにくい
今年は70ha県西地区で栽培、生産する
出来栄えと味が楽しみでもある
 
さて全国を見てみよう
昨年山形で評判になったつや姫や
富山のてんこもり、てんたかくも実は温暖化対応米なのだ
どちらも作付面積は前年比25%以上の大きな数字になっている
日本のコメ自体が変わろうとしているのである
 
ヒノヒカリが地球温暖化の猛暑の中で一挙に輝きを失ってしまった
その中で切磋琢磨の取り組みを行い
日本一番の温暖化対応米先進地区と言われるまでになった九州
そんな状況でヒノヒカリ(南海102号)の後継品種が宮崎に生まれたのである
みやざき農業 期待の星
『南海166号』のシェア奪回と輝きを祈念したいものである
 
今更だが農業は脳業だと考える
時代や天候が変わっていく
そこをどう考えその地域ならではの農業をどう捉えていくかが大事だと思う

農村は亀鶴の楽園である
これは新渡戸稲造が農業本論に残した名文である
農は亀、商工は鶴
この亀と鶴の調和が地域の繁栄を招来し理想郷を作るのだと述べているだ
能登半島のくびれのところ
富山県氷見市から山のほうへ昇って行くと
そこが石川県羽咋市になる
その山の中に神子原という集落がある
以前は1000人以上いた集落も169戸の500人ちょっとになってしまった
高齢化も50%を突破して
文字通り絵に描いたような限界集落
高いところは標高400メートル民家があるのは200メートル辺り
その中に110ヘクタールの農地が点在している
田んぼが80ヘクタール、畑が30ヘクタールだ
 
この集落も農業では食べていけないため徐々に疲弊していった
その理由は2つ
自分の農作物に値段をつけることができない
そしてあと一つは他と比べて収穫量が非常に低い
一反部 6.5俵がやっと
ほかの平野では10~11俵と量で負けてしまうのだ
 
組長にこの限界集落を何とかしろと言われて
高野誠鮮(たかのじょうせん)氏は考えた
 
農家の現状の補助金の自転車の大きな両輪をすべて外そうと・・・・
普通の公務員ではこの発想はまず自ら消してしまう
それほど大胆な発想だった
それを果敢に説得した
役所の補助金はいらない、農協の補助金もいらない
そして自分たちで自活自立できるような村づくり、農村集落づくりを目指して
行ったのだ
 
高野氏の考え方はこうだ
疲弊する村とは自分の半分に痩せ細った手である
これをどうするかは2つの方法がある
一つは簡単、外科手術である
腕を切断する方法だ
そして限界集落の人たちを移住させ、平野におろす方法だがこれはしなかった
 
あと1つはリハビリを行いながら運動をし腕を動かし
血液を徐々に流していくこと
人間の体というのはうまくできている
必要なところに必要な血液が流れれば体は元に戻る
つまり血液とは金です
必要なところに必要なお金が流れ込めばその地域は元に戻る
そう考えました
 
さてリハビリと運動を彼はどのように行っていったのだろう
その対策とは驚く仕掛けでもある
 
①女子大生との交流
 
国土交通省の事業を使ってやったものだが
女子大生に条件を付けた
酒が飲める女子大生という条件です
おじさんたちも大喜び
この女子大生を受け入れた家庭だけが毎晩毎晩晩酌をするようになった
そして様々な交流が生まれ大学生のファンも増えていった
結婚した、赤ちゃんが生まれた
と報告に来る若者も増えていったのである
限界集落の夜は早い
それが酒が飲める女子大生がいる
そのことだけで限界集落の夜を活性化したのである
何とも愉快で楽しい発想ではないか!!
 
②米のブランド化
 
ブランドを決めるのは生産者ではなく消費者
そのことで着目したのが地名
神子原(みこばる)
the hilands where the son of God dwells
これを翻訳したら出てきたのがキリストでした
神の子 それはキリストを意味します
キリストが住む高原という意味になるのです
 
バチカンにすぐ手紙を書きました
ローマ法王が1%でも召し上がっていただける可能性はございませんかと・・・
大使館からすぐ反応があり、話をしたら
大使、並びにカレンガ代理大使が日本にそんな聖なる地名が残っていたんですね
神子原の村は小さな村なんでしょう
私たちのバチカンも800数十名足らずの小さな世界で一番小さな国
その架け橋をしますと言って
平成17年10月24日にローマ法王のところに
日本からのお米の献上品ですと言って初めて認められた一品になったのです
 
日本の小さな集落のお米がローマ法王に献上しブランドになる
まさしく世間がアッと驚く発想である
 
そしてその活性化は自然な広がりを見せている
酒造メーカーと組んでの4合瓶 33600円のお酒や
農家カフェ 神音(カノン)の開店と口コミの凄さと活気
 
日本の農業が危ないと言われて久しい
限界集落がどんどん増えて農業がすたれていくと言われて何年たつだろうか?
農業の就業年齢は高齢化し
農業の就業人口も激減の状態だ
コメの関税率は77.8%
外国から農業を守るためにシンボルでもあるコメを高い関税で守ってきた農業が
まさに日本内部から崩壊してきている現実を日本の農政はどう反省するのだろうか?
 
その中で限界集落の農業を活性化させた功績は見事である
地域の人々の情熱と逆転の発想で日本の原風景を回復する力が少しでも強くなれば
願ってもないことだ