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酒造りの真っただ中
神亀の小川原専務が宮崎へ・・・・・
蔵は来週から大吟醸の仕込みが始まるところだという
蔵人は10人でやっているが
若いけどみんな良く頑張ってくれていると
 
専務はお昼、光洋で少しお酒を飲みすぎたよう
我々は夕方から合流
最初のお店は喜泉さん
京都懐石の流れをくむお店
器のセンスの良さは宮崎一といって良いほど
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 亀専務のお燗で料理との相性を楽しむ
そら豆の天ぷらが季節感を表している
器の黄色も綺麗
そら豆そのものだと大吟醸のお燗
天ぷらにするとひこ孫と大吟醸のブレンドでと
その場の感覚でブレンドしていくのが専務流

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                 椀物は金目鯛
 
 酒造りは数値や理論では計り知れない
計り知れない奥深いもの
嘘の日本酒全盛期に純米だけに舵を切った
小川原専務の酒哲学に
多くの蔵が賛同し師と仰ぐ
そして純米の日本酒に魅了されたファンはいつのまにか
神亀教と言われる熱狂的なファンになっていく・・・・・・
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 刺身              ブリの幽庵焼き
 
昨年はオーストラリアに行き
オイスターの生に燗酒を飲ませてみたら
おいしい、美味しいとよく飲むんだ
世界はみんな同じだとあらためて思ったと言う
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そしてご飯
少しお腹がいっぱいになったところで
夜の街を放浪・・・・
 
宮崎の角打ちとして有名店になった たたんばぁへ
何とあくがれの高妻君がいる
みんなでワイワイ
専務は日本酒酵母を使ったあくがれの焼酎を・・・・
限定700本だけ、無濾過、
ラベルは女性を狙ってピンク色
少しなめたが甘い
なるほど、これは女性客に受けそうだ
私は日南娘のお湯割りを・・・・
お店のマスターがみんなで盛り上がった写真を撮ってくれた
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一番手前があくがれの高妻氏

さて仕上げはオークへ
お客が多くてびっくり
カウンターがいっぱいなので
テーブルに座り私はホットバタードラムを頼む
亀専務はじっくり考えてボウモアのストレート
手でじんわり温めて
いとおしそうに楽しんでいる
その姿を見て本当にこの人お酒を愛しているのだなあと
少し感動してしまった
 
穏やかなたたずまい
頑固だけれどあったかい亀専務
最近はは若い人たちが造りをわかっていないと手厳しい
これからは今まで以上に
本物の日本の酒造りを指導していってほしい
それが新しい日本酒の将来につながる一番の近道でもある
 
そして宮崎を第2の故郷としてまたいつでも遊びに来てください

マンゴーの花

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宮崎完熟マンゴーのルーツ
西都の曽我さんのマンゴーの花を見に行ってきた
昨年は収穫が終わってからの10月、11月の天候が不順で
日照時間が少なかったのでちょっと心配とのこと
まだ3分咲きの頃だったが2月10日過ぎには
満開になるようだ

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ミツバチが受粉している       花が満開
 
マンゴーが実をつけるためにはミツバチに花粉を運んでもらうことが必要だ
受粉で活躍するミツバチはリースで対応していると言う
1箱6000~7000匹入っている
それを曽我さんところだと大体20箱リースで使うと言う
ミツバチが活躍するのはハウス内の温度が20~25度ぐらいが適温
寒い冬の間はマンゴーの花とミツバチの受粉の季節でもある
 
一番頭が痛いのは燃料の問題
マンゴーのビニールハウスでは
冬の寒い間は25度に保たなければならない
そのため燃料で暖房を24時間行う
燃料費が相当かかるのだ
昨年と今年を比較すると燃料の重油が何と1.5倍に高騰している
ハイブリッドのエコの機械も入れているが
5割アップだとどうしようもない
これだと普通のマンゴー農家はお手上げだ
しかも燃料価格が安定すると言う、先の見通しが立たない
それを考えて暖房の時間や温度を落とすと
あの甘さのマンゴーには絶対ならない
だから頭が痛いとおっしゃっていた
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野菜のピーマンは20度、きゅうりは15度ぐらいの温度は必要だという
燃料高騰は宮崎の農業にとっては死活問題でもある
 
そして震災からすべてが変わった
日本中がお金を使わないようになってきた
不安だと財布のひもも締まるのが怖いと・・・・・
そのためマンゴーの価格は上げるわけにはいかないだろうと
 
今まで農業設備の工事費の半分は
補助金が昨年まで出ていたが
今年は震災復興のほうにお金をとられてこちらのほうには回ってこない
だから宮崎では設備を増やそうと言う農家がほとんどいない
 
まあ先の暗い話ばかりしてもしょうがない
前向きに頑張るだけと曽我さん
相変わらずの西都弁丸出しだがとっても味のある人だ
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とっても仲の良い夫婦 (曽我さんと久子さん)
12月に鎌倉で親戚の結婚式があり
ついでにご夫婦で東京・奥多摩の小沢順一郎社長の澤乃井に行かれたそうだ
遠かった~
でも山の中の文化蔵で良かったと楽しそうだった
小澤さんからも曽我さんが来たよーと私に連絡があり
大吟醸を楽しむ会を続けているおかげで
こんな暖かい人間関係ができていることがとてもうれしいと感じている
 
今年は5月のゴールデンウィーク明けから
完熟マンゴーの収穫になるだろうということだった
また今年もとっておきの甘さのマンゴーを食べさせてほしいものだ
しかし曽我さんの未来への農業に対する不安の発言を聞くだけで
宮崎の農業の明日はどうなるのだろうか?
という大きな疑問を持たざるを得ない・・・・・・・
 
 
絶好調のNHK朝の連続ドラマだ
カーネーション 8:00~8:15 月曜~金曜
庶民的で大人や男性に
刃向いながら成長していく糸子
なぜか大正、昭和時代に古き良き日本を感じてしまう
人物のリアル感があるからこそ
素直に視聴者が感情移入できるのだろう
三丁目の夕日、朝ドラ版というところか
視聴率も1月28日は地震の影響もあったかもしれないが
25.0%(関東地区)の番組最高を記録した
 
TBSにとって久々の骨太の社会派ドラマ
運命の人 (日曜劇場 21:00~21:55)
キャストはどこかほかの局で見たような顔ぶれだが
絶対にはずさないとのテレビ局の意気込みを感じる出演者だ
主役の本木が良い味を出している
初回の13%から11/3%、3話は13%(関東地区)と今からが楽しみだ
 
さてこの2つのドラマに共通点がある
それは何だろうか?
音楽!
どちらも音楽制作者が佐藤直紀氏だ
ヒットの影に音楽あり
今テレビ局をはじめ業界ではこの人を捕まえるのに
必死になっていることだろう
それほど、今をときめくヒットメーカーである
 
佐藤直紀
NHKのハゲタカ、龍馬伝
映画ではALWAYS3丁目の夕日、海猿、
などを手掛ける
 
彼の音楽には色んな意味の刺激がある
ある意味、意外性の魅力だ
 
カーネーションでは初めての朝のドラマで悩んだが
耳触りの良い優等生的な音楽は魅力に欠ける
毒の必要性を感じ
朝ドラであることも考え毒の濃度を薄めて考えたと
ドラマを視聴し空気感やにおいを読み取り
音楽に表現してみたと・・・・・
薄めた毒の一つは民族楽器の使用と形で表れている
アイルランドの笛の民族楽器ティン・ホイッスル、打弦楽器ダルシマー
バンドネオン、フィドルなど
個性的な楽器のソロが人物の内面の印象度を高めている
朝ドラでは佐藤直紀の多面性の深さに驚かされている
 
さて一方の運命の人
最初のテーマの音楽を聴いたときに
この音楽は佐藤直紀氏だと直感的に思った
まさしく龍馬伝の現代版でも言うのだろうか
実際あった事件を元にしているだけに
山崎豊子の原作の重厚さと共に
ドラマのシーンごとに音楽で際立っていく
 
どちらも番組とともに成長していく音楽だと感じる
カーネーションの軽快でありながら勢いのあるメロディ
運命の人の重厚かつ運命を感じさせる壮大なメロディ
 
ドラマの中で自然に心に沁みる音楽であってほしいと佐藤直紀氏
今、テレビ、映画どちらの業界も
この人の音楽から目が離せない・・・・・・・
 
 

ブナコ

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青森県が日本一を誇るものは?
と言われて思いつくものは何だろうか・・・・
リンゴ、にんにく、長いも、ゴボウ、イカ
これらも日本一だが
実は森林資源のブナ材も資源量日本一なのだ
ブナは欧米では森の聖母とも呼ばれている
しかしブナは使い道が少なく今までは薪や炭しか用途がなかった
 
この地域資源のブナ材を有効活用した元気な企業がある
青森県弘前市にあるブナコ漆器製造だ
90年代有名百貨店の食器用漆器を中心に製造販売を行っていた
1996年ごろから急激に業績が厳しくなる
百貨店はネット販売、郊外店舗などに顧客を奪われ
主力のデパートの記念品の受注もどんどん減少していった
 
社長の倉田昌直さんは
このままでは未来はない
2001年の頃にはあと3年すれば確実に赤字と言う
切羽詰まった状態になっていた
なかなかいいアイデアが浮かばない
弱気になり弟の前で
『もうだめだ!!』 とつぶやいた
弟は 思いがけない言葉で叱咤激励する
『 兄貴の限界は兄貴の心の中にあるんじゃないか? 』
この言葉にハッとする
自分でいつの間にか心の中に限界を作っていたことに気づいたのだ
 
そして2000年に注文を受けたある照明器具のことを
思い出す
ブナ材を使ったバームクーヘンのような木目が鮮やかで
しかも綺麗な曲線・・・・・
これならやれるかもしれない
と考えた
2002年会社の生き残りをかけた挑戦をはじめる
売り上げの75%を占める食器からの脱却を目標に
新しいインテリア商品の開発を始めたのである
 
ブナ材をわずか1mmという薄さでテープ状にかつらむきのようにカットしていく
そして1㎝のテープ状にしたブナを何層にもぐるぐる巻きにしていく
そこに湯呑茶椀を押し当て滑らかな曲線を創り出していく
硬すぎても緩くてもいけない
巻具合の程よい加減が大事なのだ
職人さんでもこの作業を会得するだけで2年間はかかるのだそうだ
 
しかしこの独自の方法だと木材の無駄が出ない
木を削って作る製法に比べ材料は10分の1で済むそうだ
環境にも優しいエコロジーの工法なのだ
 
これで作った商品は努力も実り
徐々に口コミで広がっていく
2003年にオープンした六本木ヒルズのとらやカフェで照明と食器が採用され
2004~2005年表参道や自由が丘のショップに並ぶようになり
インテリア雑誌でも紹介され 『 ブナコ 』 のブランドは
全国に知られることになる
2006年にはインテリア用の売り上げが食器用を追い越した
そして2008年北海道で行われた洞爺湖サミットでは
各国首脳ご夫妻のお土産としてブナコのトレイが採用されたのである
2011年にはブナコの音響機器 Faggio が発売され
生まれたままの音と優しいデザイン性も話題となっている


津軽弁は最後に『 こ 』をつける
ブナコ
ブナを愛おしく感じる名前だ
地域資源を活用して会社を活性化させ
日本の地方からオンリーワンの独自技術で世界を目指す
その試みこそが、とても自然で豊かな可能性を秘めている
 
 
ダルビッシュを最初見たのは
2005年宮崎で行われたフレッシュオールスターだった
長身から投げ下ろす速球は伸びが素晴らしく
限りない可能性を秘めた投手だと感じたことを覚えている
 
さて今や日本一の投手となった
ダルビッシュのテキサス・レンジャーズ入りが決定した
GMのジョン・ダニエルズは
レンジャーズにとって歴史的な日になったと発言
奪三振王と呼ばれたノーラン・ライアン球団社長は
ダルビッシュは投手として理想的な体、才能が高く明るい未来があると絶賛した
しかし交渉はぎりぎりまで緊迫した状況だった
契約成立は期限の3分前という瀬戸際だった
 
メジャーの野球はハードネゴのタフなビジネス
そんな現実を感じながらある映画のことが頭によぎった
 
マネーボール
プロデューサーで主演はブラッド・ピット
オークランド・アスレチックスを勝てる球団にした
GM ビリー・ビーンの半生を
マイケルルイスが描いたノンフィクション小説が原作
 
ビリー・ビーンの確立した野球とは
試合のヒットより数字の連打で勝利を狙う野球だ
 
選手だったアスレチックスのGMビリー・ビーンは
資金不足で選手獲得にお金を使えない大きな悩みを抱えていた
アイビーリーグ出身のピーターに
数字重視の考え方にひらめきを感じ、認め球団にスカウトする
そしてデータ重視で選手獲得に乗り出していく
つまり統計学的手法でチームを強化していったのだ
 
監督やスカウトは猛反対
それでも打点や本塁打ではなく、
出塁率や長打率の高さで選手を選び低コストの
一見寄せ集めとも見えるチーム編成をやっていく
 
最初は連戦連敗
監督やスカウトもそれ見たことかと大反発
しかしその理論が次第にチームを上昇させていく
 
GMをプロデューサーと考えてみるとビジネスでも大変共通点がある
野球は球場だけではなく、場外でも電話で
トレードを仕掛けるシリアスでリアルな戦場の状況も見物である
選手をどう商品として高く出し、安く拾っていくか?
金のないオーナーをどう説得して金を出させるか?
監督、スカウトにトレードをどう納得させるか、
そして監督に選手起用をどう説得するか?
 
セイバーメトリクスという理論の成果はメジャーリーグ史上
かってない20連勝記録という形で昇華していく
そして2002年レッドソックスから彼に示された移籍料はアメリカスポーツ史上に残る
1250万ドルの5年契約という最大の移籍料だった
 
ビリー・ビーンの確立した野球理論のベースには
選手としてあれだけ期待されながら活躍できなかったのは
スカウトのほうにも問題がなかったのかという考えもあるような気がする
ある意味でビリー・ビーンにとっては
野球に対するリベンジだったのかもしれない
現在、マーケティング的発想を取り入れ成功したこのマネーボール理論は
アメリカで多くのチームに取り入れられている
 
ダルビッシュの数字は統計学的にも大変高い
脱三振、防御率とも圧倒的なのだが
投手の真の価値と言われるのがWHIPとDIPSだ
WHIPは被安打数と与四球を投球回数で割ったもの
ダルビッシュは2011年はエースの条件と言われる1を大きく上回り0.83
そしてDIPS(投手が自分でコントロールできる三振、四球、ホームランだけで算出した数字)
2011年にはほかの投手を大きく上回り驚異の1.58の凄さ
 
まさしくセイバーメトリクスの判断でも文句なし
そして数字だけではなく
自ら会いに行き、契約を後押ししたのが
同じ投手出身のノーラン・ライアン球団社長だった
 
最近、日本の選手のメジャーでの活躍が不調なだけに
ダルビッシュへの期待は日米ともに大きいものがある
エース ウィルソンの抜けた穴を埋め
ワールドシリーズ優勝の夢を
レンジャースのマネーボールの成果として
投手出身のライアン社長と投手ダルビッシュの二人三脚で
ぜひつかんでもらいたいものだ
 
 

風で織るタオル

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日本のタオルシェアNO1の生産地、今治市
ここにユニークなタオル会社がある
繊維産業は斜陽産業の代表的なものである
90年代初めには500社以上あったタオルメーカーも
中国などの安価な製品に押され130社に減少した
 
そんな環境の中でも1953年創業の池内タオルは
技術の高さで売り上げを伸ばし
2003年には売り上げが7億円、
そしてその中の97%がデザイナーズブランドのOEM生産を占めていた
ニューヨークでの賞も取り取引先も秋から増えるという矢先のことだった
 
売り上げの70%を占めていたOEM先が破たんし
2003年11月28日民事再生法をによる再建を選択した
この時に池内タオルのファンから何枚買えば助かりますか・・・・
と言うメールが心の励みになったと言う
メイン銀行の頭取にもたくさんのメールが届いたそうだ
 
社長の池内計司氏は今後の方針を悩みに悩んだ
そして安定した経営を目指して
売り上げの1%でしかなかった自社ブランドのタオル開発に命を注ぐ
 
ポイントは3つの視点だ
 
1,デザインは変えない
  タオルのデザインは半年で変えていくのが今までの常識だった
  リピート率40%の強みが日常の愛用品と言うタオルにこだわった
2,商品コンセプトのこだわりと独自の視点
  代表的ブランドの風で織るタオルはグリーン電力証書システムにより
  2002年1月より自社の使用電力の100%を風力発電でまかなっている
  風で織るタオルはバスタオル一枚で約473グラムの二酸化炭素を削減している
  まさに環境にやさしいタオルである
  コピーもとてもマッチしている
3,商品コンセプトを自ら伝える
  社長自らトップセールス
  本物のモノづくりの熱情が相手の心に浸み込みビジネスが活性化する
 
自社電力をすべて風力発電でまかなう日本初の企業
風で織るタオルは様々な環境関係の賞を取り
全国にファンも増えてきた
しかし池内社長ののさらなる挑戦は続く
 
目指したのはオーガニックコットンのタオル
10年ほど前まで生産していたのはオーガニックコットンと言っても
ミシン糸などは通常のコットンが使われていた
今回は徹底的にこだわり
嘘をつかないオーガニックコットンにしようと決めた
綿花の生産には広大な土地が必要
バスタオル一枚で20坪の土地が必要
有機栽培で手摘みの作業だ
オーガニックコットンの糸の値段は通常の約4倍
しかも綿花は有機農法では連作できないので農地の半分しか生産できない
しかもタンザニアは二期作で作物を作るので
生産量に4倍の開きが出るのだ
2010年に世界の綿花量の生産量のうちオーガニックコットンが
1%を超えた
これからも増えていってほしいがその前に土地が足りるのかという疑問もある
 
550万の資金を集めてタンザニアから3トンのオーガニックコットンを買い
東京でボジョレーヌーボーの解禁日に
コットンヌーボーの発表会を行い話題をさらったのである
 
世界からはシーツはいつ作るのかという問い合わせが多い
ヨーロッパではシーツは毎日変えるのでまとめ買いをするそうだ
将来はオーガニックのテキスタイルをすべてラインナップしたいと池内社長
 
環境や本物を考え次々に新しい挑戦に向かって突き進んでいく
池内計司社長の目はまだまだ大きな未来を見つめているようでもある
 
クロード レヴィ=ストルースと言う人をご存じだろうか?
1955年に文化人類学のバイブルとも言われる悲しき熱帯を発表し
これが世界的なベストセラーになる
構造主義や神話論の3部作も大変有名である
フランスの知の巨人とも言われ
歴代大統領の御意見番として大いなる影響力を持った哲学者だった
2008年10月30日 
100歳でお亡くなりになった際には
サルコジ大統領は
あらゆる時代を通じてもっとも偉大な民族学者であり
疲れを知らない人文学者だったと称賛したのである
 
彼は親日家であり
日本に1977年、1986年のほか数度来日している
そして宮崎や高千穂にも何回か訪れている
天皇家のふるさと日向を行く の中で梅原猛は
クロード レヴィ=ストルースは宮崎を
世界の聖地の中で一番感動したと語ったと書かれている
たぶんひむか神話は本当だろうと・・・・
世界を旅し歩いたフランスの知の巨人の言葉はとてつもなく
重く心に響いてこないだろうか
彼はまたこのようにも言っている
神話には包含する真実がある・・・・・
 
さて2012年は古事記編纂1300年の年だ
古事記は712年太安万呂(おおのやすまろ)によって献上された
日本最古の歴史書である
3巻にわたってまとめられている
上巻には ~筑紫の日向の橘の阿波岐ヶ原~と言うくだりの文章がある
これは祝詞の冒頭でもおなじみの文言だ
 
この日本神話のルーツとも言える場所が江田神社と禊の池である
江田神社は男神 イザナキ と 女神 イザナミ を祭っている
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朝の冷気が凜として清々しい江田神社

両神は国生みの神で
大八島をはじめ多くの島々を生み日本創造の神様だと書かれている
 
そのほかにも多くの神様を生んだが
最後の火の神を出産した時に 女神 イザナミ は
全身やけどを負って死んでしまう
男神 イザナキ は妻を忘れられず
黄泉(よみ)の国まで会いに行くが
あまりの醜い死の姿に驚き、夢中で逃げ帰り
死の国の汚れをお祓いされたのが禊の池だと書かれている
 
男神 イザナキ が禊祓いをしたとき左目を洗うと天照(太陽神)
右目は月読(夜の神様)そして鼻からはスサノオノミコト(海や大地の神様)
が誕生したと書かれている
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今日からみやざき観光コンベンション協会では
宮崎県内古事記ゆかりの地を巡るバスツアーを行う
1月~3月の土曜、日曜祭日限定だが
ワンコインの500円で
ホテルー江田神社ー禊の池ー西都原ー青島神社ーホテルと
観光ボランティアが同行して楽しむことができる
とてもリーズナブルでしかも便利で神話が楽しめ勉強にもなる
前日の午後4時までに申し込むことが必要
お問い合わせ
0985-25-4676 みやざき観光コンベンション協会
 
古事記編纂1300年の年
再度日本に誇れる文化を勉強してみるのも良い機会だと思う
日本の酒と食の文化を守る会の30周年記念の忘年会が
12月11日目黒 雅叙園・鷲ノ間で開催された
参加蔵元 30蔵 出席者200名の大忘年会だ
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会長の村田淳一氏は大吟醸を楽しむ会の世話人を
初回から快く引き受けてくださりそれ以来の御縁をいただいている
村田会長は宮崎の観光大使にもなられ
口蹄疫の時もこんな時だからこそ絶対やるべきだと
全国から蔵元を集めていただいた恩人でもある
 
さて今回は3部構成
まず第1部は囃子のあれこれを鳳楽師匠が解説
特に昭和3名人の出囃子などの話は興味深かった
圓生は音楽にも造詣が深いので出囃子のタイミングに
自分の登場をうまく合わせ座るタイミングできっちり出囃子が終わると言う
凄さだったともいう
三味線と太鼓で表現する落語の深さをあらためて感じてしまった
 
2部は恒例だが三遊亭鳳楽師匠の古典落語の鑑賞会
今年は出席者のアンケートの要望により
演目は芝浜で決定
芝浜は人情話ではもっとも有名な演目
しかも日本酒が絡む話だからなおさら盛り上がる
夫婦の愛情、特に夫を案じて女房が見せる暖かさが微笑ましい
杯を前に 「よそう!また夢になるといけねえ」という
最後のセリフにはぐっと来てしまう
圓楽、談志の一八番と言われているが鳳楽師匠の芝浜も名人芸であった
 
いよいよ3部の忘年会
まずは蔵元が一分間スピーチで面白いうことをしゃべる
印象的なスピーチは獺祭の桜井社長
12月23日はイブイブの日として磨き二割三分だけを飲む
しかもドレスコードで・・・
ある獺祭の飲み会に誘われた
ドレスコードはださい恰好でと言うものだった
全員の紹介が終わり
村田会長の挨拶
日本の酒と食の文化を守る会のメンバー紹介
そしてローソンの新浪社長の乾杯で酒宴が始まった
料理もなかなかの美味
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見よ!この盛り上がり
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出席者の楽しい面々を少し紹介しよう
舛田酒造の舛田隆一郎社長と元オレンジページ編集長の山元洋子さん
 
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白扇酒造の加藤社長と小学館の東取締役
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水芭蕉の永井専務と総務省の景山さん
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新浪社長と日本国際放送の高島社長、月ノ桂の増田社長、浦霞の佐浦社長
宮崎の世話人の吉田孝平さん、そして私
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みんなの笑顔からまた明日の元気が生まれる
日本酒には絆と言う大きな力があると言われたのは佐浦社長だが
日本の酒と食の文化を守るためにも村田会長にはまだまだ頑張っていただきたい
30周年の忘年会、本当にお疲れ様でした、そして有り難うございました
 
 
 

カーブドッチの夢

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一人の男が理想の夢を形にしたワイナリーがある
それは新潟にあるカーブドッチだ
 
作ったのは落希一郎氏 
1948年鹿児島県生まれの64歳である
彼は東京外国語大入学後学生運動に明け暮れ大学を中退
ワイナリー経営に関心があった北海道の叔父に勧められ1968年ドイツに渡る
西ドイツの国立ワイン学校でワイン作りを学ぶ
 
1976年卒業後、帰国して日本のワイン造りに愕然とする
何と海外から輸入したワインを国内で瓶詰して国産と売っているワイナリーもあったほど
 
何とかして日本が育てたブドウで国産のワインを造りたい
そんな夢が自分自身の中に猛然と湧いてくる
北海道、長野とワイナリーを渡り歩きながらワイナリーの理想郷を求めていく
新潟の角田浜
ここはボルドーと似た地理的条件だった
海に近い砂地が多い地帯だ
彼はやっと見つけた理想郷、新潟でワインづくりを決意する
落はその時44歳
しかし手持ち資金は200万
銀行はどこに行っても資金を貸してくれない
 
四面楚歌の中で考えたのが逆転の発想だ
銀行が資金を貸してくれないのであれば全国の消費者から賛同を集めることができないか
ワインは2年間は生産ができない
その2年間を消費者がサポートしてもらえれば・・・・
これがヴィノクラブの本音だった
 
ブドウの苗木のオーナー制度
一口一万円
10年間一本づつワインを送り続けます
これが徐々に口コミで広がり大きな輪になっていく
会員にはその年のワインが1本ずつ送られてくる楽しみが
ワイナリーとの絆にもなる
これが結果的に大きな成功を生み出していく
毎日振り込まれる予想外の金額に落たちは
責任感で身の引き締まる思いだったと
「絶対に成功させなければならない」
 
苦しみの中から生まれたヴィノクラブこそ
なコミュニティが農業を支えるCSAの日本で一番大きな形だと考える
 
現在ヴィノクラブは約1万人
そしてカーブドッチは年間30万人の集客する大人気のワイナリーとなった
宿泊施設もオープンさせ順調に拡大を続けている
 
カーブド落を短縮するとカーブドッチだ
落さんはワインは農業そのものだと言う
一本のブドウの苗木を心を込めて育て
それがやがて味わい深いワインになる
ワインは移動することで味が落ちていく
その土地で消費されることが一番ワインにとっても幸せなことであり
味も香りも一番良いのだ
まさにワインも地産地消が一番だと言うことである
 
落さんの周りには個性的なワイナリーを目指す方々が集まりつつある
その人たちの技術指導を熱心に行っている
ワイナリーの周りに個性的なワイナリーが集積していく
それがクラスターとなり
カリフォルニアのナパみたいになればとても楽しいことだと・・・・
1人の男のワインの夢が地域をどんどん活性化させている
地域の活性化に最も大事なのはこだわりと信念とアイデア
そして最後にはやはり人の情熱である
たかが40名足らずの中小企業が
世界一の製品づくりをめざした
そして発売当初からバックオーダーを抱えて快進撃中だ
現在でも日本国内で10か月待ちの状態が続いている
世界一愛される製品づくりは現実のものとなりつつある
 
会社は愛知ドピー
1936年創業の老舗鋳造メーカーである
船舶や建設資材の下請け会社だ
好景気の時は良いが下請けの仕事は不況になれば
半分ではなくゼロになる
そのためには自社製品を開発しなくてはという漠然としたものはあった
それも世界一の製品を・・・・・
と土方専務は話す
きっかけは友人の結婚式の引き出物だった
ル・クルーゼを貰った専務は最初鍋なんてと思ったいたが
使ってみると料理の美味しさを実感
それからリサーチを開始した
料理がおいしくなるこの鍋も世界一の評価はついていない
ステンレス製のビタクラフトなどの評価のほうが高い
しかし料理の美味しさを実感するのはル・クルーゼのほうだと感じられた
もし鋳物でホーロー鍋を作りさらに無水料理を可能にすれば
世界一の鍋になるのではないかと考えた
兄の土方社長は
工場で鍋を作って売れるのかと考えたが
ビジョンの面白さもあり3年前に開発がスタートさせた
 
次々と押し寄せるハードル
鋳物でカラーホーローの鍋の難しさ
鋳物の変態点は720度
ホーローは800度
そのためホーローをそのまま焼きつけることはできない
大学や研究室に話に行くが難しい、できないとの返事で
結局自分たちでやるしかなかった
この技術を自分たちのものにしたのは一年以上もあとのことだった
さて次のハードルはまだ難問だった
無水料理をやろうとすれば密封性を高めることが必要
鍋の縁を削り磨く手仕事の仕事
まさに日本の職人の魂が込められた作業だ
これも試行錯誤の繰り返し
結果1000分の1ミリという精度の気密性が実現した
しかも直火、IH,ハロゲン可、オーブン可という全方位型の鍋になった
 
すべてに手が届くような細やかな配慮
鍋底はリブ形状
焦げ付かず、対流加熱と遠赤外線効果で内部か熱を伝える事が可能となった
蓋の突起
中の水蒸気循環を良くする効果
取っ手
手がするっと入る丸みを帯びた形
裏返しにしても安定感がある
まさに料理人のツボを押さえた心憎い気配りである
 
さてここからがまた面白い
中小企業だから販促費はほとんどない
プロモーションも知恵と工夫で最小予算で最大効率の事を考えた
2009年11月末
東京で行われたファーマーズマーケットに出店
バーミキュラによる温野菜の試食とカレーの販売を実施
2009年11月3日東京恵比寿
フードコーディネーターを招いてブロガーを対象に料理会を実施した
しかも鍋はプレゼント
これが当たった
ブロガーは自分の料理をネットに公開
実感したバーミキュラの良さはどんどんネットで拡大していった
発売は2010年2月17日だったが発売前から注文が殺到
ピーク時には1年以上のバックオーダーを抱えると言う凄い状態になったのである

私が感動するのは
自分の会社の商品を愛して信じているからこその新製品である
日本の職人魂で全く違う分野で新商品を生み出したこと
40名の会社でも世界1の商品を創り出せること
新商品に対する惜しみない愛情と使い手に対する細やかさ
お金ではなく効率的なプロモーションでヒットは可能だということだ
 
地方の愛知ドピーが成し遂げつつある世界一の鍋の事業は
ただ料理人や主婦を感動させるだけではなく
大きな日本の活性化の模範となっていると確信する
これに続く日本の中小企業がたくさん出てくることを祈念したい