感動、癒し、喜びの最近のブログ記事

1月18日シーガイア・サミットホールで
4人の宮崎出身シェフによるガラディナーLOVE MIYAZAKI NIGHT
が約300人のお客さんの参加で開催された
さてその宮崎出身の4人のシェフのご紹介を少し・・・・・
 
レストランモナリザ 
オーナーシェフ河野透
1957年生 川南町出身 82年にフランスにわたり、パリスイスで修行
現在モナリザで指揮を執る
 
KIHACHI銀座本店 
シェフ 鶴田正美
1963年生 新富町出身 88年フランスにわたり
95年銀座本店の副料理長として入社後シェフに就任
 
TATSUYA KAWAGOE
オーナーシェフ 川越達也
1973年 国富町出身
国内で修行後2000年に独立
2006年店名を改称後代官山の人気店となる
 
Ristorante  SILVERADO
グランシェフ 中原弘光
1975年生 宮崎県出身
国内外で修行後 リストランテ キオラの料理長を経て2009年から現職
 
今や日本を代表するほどの4人のシェフも
前々日から宮崎入りという気合の入れよう・・・・
さあいよいよ夢のメニューがスタートする
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カダイフで巻いた伊勢海老とイカのクネルフリット
メロンのガスパチョと金柑のチリソース     (鶴田シェフ)

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 彩りのセンスが素晴らしい  左がハープの菊池先生、真ん中が中原さん
 郷の土 野菜のデリーナ バーニャカウダ仕立て (中原シェフ)

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  盛りつけの綺麗さ          鶴田シェフのご両親と記念撮影
初春の野菜を巻いたヒラメの昆布締めと
西米良サーモンの西京漬けミイキュイ柚子風味 (鶴田シェフ)

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太陽のパスタ 尾崎牛ネックのチカテッリ アマトリーチェ風 (中原シェフ)
独特のこってり感は赤ワインにマッチ

 
アマダイのソテーと白菜の煮込み
シノワなアメリケーヌソース    (川越シェフ)
ソースには釜あげうどんのだしをミックス
残念だが味は普通
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                                                        薬剤師の永倉さんと川越シェフ
 
宮崎産ポークのとろとろ煮 ジンジャーとトリュフ風味 野菜のニョッキ添え (河野シェフ)
気品があって美味しい
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                      これが黒トリュフ

苺のスープ仕立て 『 モナリザのほほえみ 』
題名も素晴らしいが苺の爽やかさが見事
一番感動した逸品
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                  河野知事夫妻も満喫のよう
 
ガトーショコラ 宮崎県産フルーツとマスカルポーネのグラスとともに (河野さんの紹介パティシエ川崎さん)
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最後に5人登場して自己紹介
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最年長のモナリザの河野さんがまず見事なフランス語で自己紹介
30年やってきて故郷でたくさんの皆さんに料理を出すことが
私の夢だった
東京では宮崎シェフズクラブを結成している
色んな事をこれからもやっていきたい
次に鶴田さん
宮崎の復興のためみんなで頑張りたい
料理を通じて幸せになることが私の信念
スマイル担当の川越氏
こんな企画に参加できたことが嬉しい
味見をしながら素晴らしいシェフたちだと改めて思った
ドリームメニューができたと思う
中原氏は東北にも炊き出しに行った
宮崎が新しく変われるようにとの想いがある
今日は嬉しい感動だ・・・・
パティシエの川崎さんは
いつも宮崎を感じながらデザートを作って行きたいと・・・・・
 
300人の料理をフルコースで出すこと自体が至難の業
色んな些細な問題点はあるが・・・・・
こんなことを宮崎でやることができた意味はとてつもなく大きい
宮崎県出身者で結成している宮崎シェフズクラブがますます団結して
宮崎の食材で料理をアピールしていただき、ひいては宮崎の農業の活性化につながればと願うばかりである
4人のシェフとパティシエの川崎さん
お疲れ様でした そして有難うございました
この企画を実現させたフェニックス・シーガイア・リゾートの河本社長はじめ
関係者の皆さんの努力に敬意を表したい・・・・
 
つかの間の休息でハワイへ・・・・
宿泊したヒルトンからワイキキビーチをゆっくりと散歩
私はハワイの朝が好きだ
綺麗な朝日を見ながら、海も穏やかでキラキラしている
すがすがしい朝
ワイキキビーチからアウトリガーホテルを抜けると
その横がハレクラニだ
 
ハレクラニに入った途端に空気が変わる
このホテルは伝統と格式だけではなく
いつも空気がゆったり流れている感じがする
ワイキキのホテルの中でも、また違った静かなゆとり
それがハレクラニの魅力でもある
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今日のお目当ては
ホテル内にあるレストラン House Without a Key  での朝食だ
朝早いせいかすんなり入れた
それにしてもワイキキでもヨーロッパの人を見かけない
ユーロ危機の影響を旅先でも感じる
人も少なく気持ちが良い
外の樹齢100年以上のキアヴェの樹木がシンボルになっている
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食事はブッフェスタイル
オレンジジュースと珈琲を頼み
オムレツは海老と野菜たっぷりを注文
クロワッサンなどのパンもおいしい
パパイヤをライムで搾って食べる味も懐かしい
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このレストランはアール・デア・ビガースが1925年に発表した
ホノルル警察の中国人警部
チャーリー・チャン警部が主人公のシリーズの第1作 『 鍵のない家 』
にも出てくる由緒あるレストランだ
しかも題名からとった名前でもある

 ハワイは神の力『マナ』が宿る癒しの地としても有名だが
このレストランの前の海は 『カヴェヘヴェへ』 と呼ばれ
ハワイの王族が身を清めたと言われている場所
ここの海底から水がわき出ていると言う
病を癒すと言われている神聖な場所でパワースポットでもあるようだ
 
ハワイに訪れた時には是非一度は体験していただきたい
豊かな時を過ごしてほしい場所である
朝食は価格も30ドルだからとても気軽だ
 
 
すがすがしさ度 ★★★★
 
 House Without a Key
 ハレクラニホテル内 
 オアフ ワイキキビーチ

風で織るタオル

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日本のタオルシェアNO1の生産地、今治市
ここにユニークなタオル会社がある
繊維産業は斜陽産業の代表的なものである
90年代初めには500社以上あったタオルメーカーも
中国などの安価な製品に押され130社に減少した
 
そんな環境の中でも1953年創業の池内タオルは
技術の高さで売り上げを伸ばし
2003年には売り上げが7億円、
そしてその中の97%がデザイナーズブランドのOEM生産を占めていた
ニューヨークでの賞も取り取引先も秋から増えるという矢先のことだった
 
売り上げの70%を占めていたOEM先が破たんし
2003年11月28日民事再生法をによる再建を選択した
この時に池内タオルのファンから何枚買えば助かりますか・・・・
と言うメールが心の励みになったと言う
メイン銀行の頭取にもたくさんのメールが届いたそうだ
 
社長の池内計司氏は今後の方針を悩みに悩んだ
そして安定した経営を目指して
売り上げの1%でしかなかった自社ブランドのタオル開発に命を注ぐ
 
ポイントは3つの視点だ
 
1,デザインは変えない
  タオルのデザインは半年で変えていくのが今までの常識だった
  リピート率40%の強みが日常の愛用品と言うタオルにこだわった
2,商品コンセプトのこだわりと独自の視点
  代表的ブランドの風で織るタオルはグリーン電力証書システムにより
  2002年1月より自社の使用電力の100%を風力発電でまかなっている
  風で織るタオルはバスタオル一枚で約473グラムの二酸化炭素を削減している
  まさに環境にやさしいタオルである
  コピーもとてもマッチしている
3,商品コンセプトを自ら伝える
  社長自らトップセールス
  本物のモノづくりの熱情が相手の心に浸み込みビジネスが活性化する
 
自社電力をすべて風力発電でまかなう日本初の企業
風で織るタオルは様々な環境関係の賞を取り
全国にファンも増えてきた
しかし池内社長ののさらなる挑戦は続く
 
目指したのはオーガニックコットンのタオル
10年ほど前まで生産していたのはオーガニックコットンと言っても
ミシン糸などは通常のコットンが使われていた
今回は徹底的にこだわり
嘘をつかないオーガニックコットンにしようと決めた
綿花の生産には広大な土地が必要
バスタオル一枚で20坪の土地が必要
有機栽培で手摘みの作業だ
オーガニックコットンの糸の値段は通常の約4倍
しかも綿花は有機農法では連作できないので農地の半分しか生産できない
しかもタンザニアは二期作で作物を作るので
生産量に4倍の開きが出るのだ
2010年に世界の綿花量の生産量のうちオーガニックコットンが
1%を超えた
これからも増えていってほしいがその前に土地が足りるのかという疑問もある
 
550万の資金を集めてタンザニアから3トンのオーガニックコットンを買い
東京でボジョレーヌーボーの解禁日に
コットンヌーボーの発表会を行い話題をさらったのである
 
世界からはシーツはいつ作るのかという問い合わせが多い
ヨーロッパではシーツは毎日変えるのでまとめ買いをするそうだ
将来はオーガニックのテキスタイルをすべてラインナップしたいと池内社長
 
環境や本物を考え次々に新しい挑戦に向かって突き進んでいく
池内計司社長の目はまだまだ大きな未来を見つめているようでもある
 
クロード レヴィ=ストルースと言う人をご存じだろうか?
1955年に文化人類学のバイブルとも言われる悲しき熱帯を発表し
これが世界的なベストセラーになる
構造主義や神話論の3部作も大変有名である
フランスの知の巨人とも言われ
歴代大統領の御意見番として大いなる影響力を持った哲学者だった
2008年10月30日 
100歳でお亡くなりになった際には
サルコジ大統領は
あらゆる時代を通じてもっとも偉大な民族学者であり
疲れを知らない人文学者だったと称賛したのである
 
彼は親日家であり
日本に1977年、1986年のほか数度来日している
そして宮崎や高千穂にも何回か訪れている
天皇家のふるさと日向を行く の中で梅原猛は
クロード レヴィ=ストルースは宮崎を
世界の聖地の中で一番感動したと語ったと書かれている
たぶんひむか神話は本当だろうと・・・・
世界を旅し歩いたフランスの知の巨人の言葉はとてつもなく
重く心に響いてこないだろうか
彼はまたこのようにも言っている
神話には包含する真実がある・・・・・
 
さて2012年は古事記編纂1300年の年だ
古事記は712年太安万呂(おおのやすまろ)によって献上された
日本最古の歴史書である
3巻にわたってまとめられている
上巻には ~筑紫の日向の橘の阿波岐ヶ原~と言うくだりの文章がある
これは祝詞の冒頭でもおなじみの文言だ
 
この日本神話のルーツとも言える場所が江田神社と禊の池である
江田神社は男神 イザナキ と 女神 イザナミ を祭っている
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朝の冷気が凜として清々しい江田神社

両神は国生みの神で
大八島をはじめ多くの島々を生み日本創造の神様だと書かれている
 
そのほかにも多くの神様を生んだが
最後の火の神を出産した時に 女神 イザナミ は
全身やけどを負って死んでしまう
男神 イザナキ は妻を忘れられず
黄泉(よみ)の国まで会いに行くが
あまりの醜い死の姿に驚き、夢中で逃げ帰り
死の国の汚れをお祓いされたのが禊の池だと書かれている
 
男神 イザナキ が禊祓いをしたとき左目を洗うと天照(太陽神)
右目は月読(夜の神様)そして鼻からはスサノオノミコト(海や大地の神様)
が誕生したと書かれている
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今日からみやざき観光コンベンション協会では
宮崎県内古事記ゆかりの地を巡るバスツアーを行う
1月~3月の土曜、日曜祭日限定だが
ワンコインの500円で
ホテルー江田神社ー禊の池ー西都原ー青島神社ーホテルと
観光ボランティアが同行して楽しむことができる
とてもリーズナブルでしかも便利で神話が楽しめ勉強にもなる
前日の午後4時までに申し込むことが必要
お問い合わせ
0985-25-4676 みやざき観光コンベンション協会
 
古事記編纂1300年の年
再度日本に誇れる文化を勉強してみるのも良い機会だと思う
今年の民放のテレビドラマ史上
最大の視聴率を取った連続ドラマと言えば
日本テレビ系で放送された『家政婦のミタ』で決まりだ
放送時間は水曜日の22:00~22:54
あまりの高視聴率に最終回はスペシャル版を放送
何と12月21日午後23:00〜23:03では
瞬間最高視聴率関東地区42.8%を記録
平均でも関東地区40.0%、関西地区36.4%、名古屋地区34.6%
ととんでもない記録を打ち立てたのである
業界では今年最高の快挙であるし、一種の安堵感をもたらしたのである
そしてテレビはまだ無限の可能性があるとつぶやくのである
 
さて日本テレビのこのドラマは
テレビ朝日の2匹目のどじょうだったのも忘れてはいけない
ルーツともいえる『家政婦は見た』はテレビ朝日の土曜ワイド劇場で
1883年から2006年に放映
家政婦の石原秋子(市原悦子)が大沢家政婦紹介所の家政婦として
上流階級に派遣
その欺瞞を見分し最後に自分の見聞したことを
ありのままにぶちまけ去っていくと言うストーリー展開だ
その土台は松本清張の小説からきている
 
ただこの家政婦のミタは脚本家がもっと上手をいっていた
この脚本を書いたのは遊川和彦(ゆかわかずひこ)
1987年に脚本家デビュー
2003年 サトウキビ畑の歌で文化庁芸術祭大賞受賞
2005年 涙そうそうプロジェクト 広島昭和20年8月6日で日本民放連最優秀作品賞受賞
2006年 女王の教室で第24回向田邦子賞受賞
特に女王の教室で受けた世論の凄さを乗り越えてきたからこその
脚本だった
彼は今の時代の空気をしっかり読み取っていた
主演に松嶋菜々子
過去に傷があるロボット的家政婦の役を当てはめた
過激な発言と淡々と実行する行動と能力
東北大震災の時代の空気も考え
過去の事件で生き残った者が死者に罪悪感を感じると言う
サバイバーズギルトをもしっかり視聴者に感じさせた
 
淡々と『承知しました』
『それは業務命令ですか』という言葉は子供たちにまで流行語になった
そして彼女の一種異様な姿は家族の形見に守られていたのである
 
脚本家の遊川和彦は最初
主演の松嶋菜々子にどこまでできるかなという上から目線だったと言う
色んな無理難題を押し付けたりもした
結局最後は彼女にねじふせられましたと最高の褒め言葉
その訳が分かった
松嶋菜々子は実はこのテレビ朝日の家政婦は見たシリーズの大ファンだったのだと言う
 
最後の最終回で松嶋菜々子が見せた微妙な笑顔
この瞬間が最大の視聴率になったのである
まさしく現代が抱える大きなひずみ、そして深みと重みを感じさせる
物語へと進化した
 
放送した日本テレビの万歳に対抗して
元祖テレビ朝日も負けてはいない
1月2日午前6時から5時間にわたって再放送を決定した
どちらのミタも見ごろである
再度テレビのコンテンツの大きな可能性をも与えてくれた
今回のドラマの意味も業界にとってはとてつもなく大きい
 
日南飫肥に遊びに行かれたら
ぜひ食べ歩き・街歩きマップ600円を買って
マップ片手に飫肥の街並みを満喫してほしい
 
さてこの食べ歩きマップは2009年4月にスタートした
日南商工会議所の落合専務などが中心となって
飫肥に来ている観光客の滞留時間と消費を増やし
街の活性化を図りたいと始めたもの
チケットを買うと5件のお店が廻って楽しめる
食べ物、飲み物、お菓子、記念品など・・・・・
現在参加店舗も順調に増え39店舗になってきている
当初は土曜、日曜だけだったがあまりの人気に
毎日開催している
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さて今日は日南市観光協会の斉藤竜馬次長の案内で
東京から2人のゲストが・・・・
アースライド本部の坂口氏と柴田恵美ちゃん
恵美ちゃんは日体大のトライアスロン部出身でキャピキャピのアスリート
 
早速食べ歩きに出発
まずは飫肥天本舗
黒砂糖を使った天麩羅がちょっぴり甘くておいしい
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次の堺鮨ではいなり寿司
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さて人気NO1のトムラスーパーの羽身のとむら焼き
奥の惣菜コーナーで羽身のから揚げを取り、レジでチケットを渡すシステム
思わず面白いと2人から大絶賛
でかい、うまい、面白いと3拍子揃った意外性の食べ物でした
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お腹もそろそろ満腹状態
それではデザートに挑戦
飫肥の卵焼きは不思議な食感でデザートみたいな味
サプライズの味でした
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最後はガイドさんお勧めの吉田寝具店
ここは手づくりの小物入れが・・・
多彩な種類に2人も感激
ご主人に恵美ちゃんと写真を一緒にと言ったら
野獣と怪獣で・・・・とご主人が言われみんなで爆笑!!
もちろん美女と怪獣の間違いでした
一瞬怪獣になった恵美ちゃんも苦笑いでした
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体験すると食べ歩きの楽しさの実感がわかる
飫肥の街並みと人の温かさがとても楽しい街歩きでした
来年3月18日はアースライドすべての参加者が食べ歩きに参加します
参加者の反応が今から楽しみでもある
楽しい食べ歩き・街歩きがますます盛んになり
ますます飫肥の街の活性化が図れることをことを祈念いたします
日南市観光協会の斉藤次長
ご案内本当に有難うございました
 
日本の酒と食の文化を守る会の30周年記念の忘年会が
12月11日目黒 雅叙園・鷲ノ間で開催された
参加蔵元 30蔵 出席者200名の大忘年会だ
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会長の村田淳一氏は大吟醸を楽しむ会の世話人を
初回から快く引き受けてくださりそれ以来の御縁をいただいている
村田会長は宮崎の観光大使にもなられ
口蹄疫の時もこんな時だからこそ絶対やるべきだと
全国から蔵元を集めていただいた恩人でもある
 
さて今回は3部構成
まず第1部は囃子のあれこれを鳳楽師匠が解説
特に昭和3名人の出囃子などの話は興味深かった
圓生は音楽にも造詣が深いので出囃子のタイミングに
自分の登場をうまく合わせ座るタイミングできっちり出囃子が終わると言う
凄さだったともいう
三味線と太鼓で表現する落語の深さをあらためて感じてしまった
 
2部は恒例だが三遊亭鳳楽師匠の古典落語の鑑賞会
今年は出席者のアンケートの要望により
演目は芝浜で決定
芝浜は人情話ではもっとも有名な演目
しかも日本酒が絡む話だからなおさら盛り上がる
夫婦の愛情、特に夫を案じて女房が見せる暖かさが微笑ましい
杯を前に 「よそう!また夢になるといけねえ」という
最後のセリフにはぐっと来てしまう
圓楽、談志の一八番と言われているが鳳楽師匠の芝浜も名人芸であった
 
いよいよ3部の忘年会
まずは蔵元が一分間スピーチで面白いうことをしゃべる
印象的なスピーチは獺祭の桜井社長
12月23日はイブイブの日として磨き二割三分だけを飲む
しかもドレスコードで・・・
ある獺祭の飲み会に誘われた
ドレスコードはださい恰好でと言うものだった
全員の紹介が終わり
村田会長の挨拶
日本の酒と食の文化を守る会のメンバー紹介
そしてローソンの新浪社長の乾杯で酒宴が始まった
料理もなかなかの美味
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見よ!この盛り上がり
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出席者の楽しい面々を少し紹介しよう
舛田酒造の舛田隆一郎社長と元オレンジページ編集長の山元洋子さん
 
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白扇酒造の加藤社長と小学館の東取締役
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水芭蕉の永井専務と総務省の景山さん
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新浪社長と日本国際放送の高島社長、月ノ桂の増田社長、浦霞の佐浦社長
宮崎の世話人の吉田孝平さん、そして私
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みんなの笑顔からまた明日の元気が生まれる
日本酒には絆と言う大きな力があると言われたのは佐浦社長だが
日本の酒と食の文化を守るためにも村田会長にはまだまだ頑張っていただきたい
30周年の忘年会、本当にお疲れ様でした、そして有り難うございました
 
 
 

カーブドッチの夢

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一人の男が理想の夢を形にしたワイナリーがある
それは新潟にあるカーブドッチだ
 
作ったのは落希一郎氏 
1948年鹿児島県生まれの64歳である
彼は東京外国語大入学後学生運動に明け暮れ大学を中退
ワイナリー経営に関心があった北海道の叔父に勧められ1968年ドイツに渡る
西ドイツの国立ワイン学校でワイン作りを学ぶ
 
1976年卒業後、帰国して日本のワイン造りに愕然とする
何と海外から輸入したワインを国内で瓶詰して国産と売っているワイナリーもあったほど
 
何とかして日本が育てたブドウで国産のワインを造りたい
そんな夢が自分自身の中に猛然と湧いてくる
北海道、長野とワイナリーを渡り歩きながらワイナリーの理想郷を求めていく
新潟の角田浜
ここはボルドーと似た地理的条件だった
海に近い砂地が多い地帯だ
彼はやっと見つけた理想郷、新潟でワインづくりを決意する
落はその時44歳
しかし手持ち資金は200万
銀行はどこに行っても資金を貸してくれない
 
四面楚歌の中で考えたのが逆転の発想だ
銀行が資金を貸してくれないのであれば全国の消費者から賛同を集めることができないか
ワインは2年間は生産ができない
その2年間を消費者がサポートしてもらえれば・・・・
これがヴィノクラブの本音だった
 
ブドウの苗木のオーナー制度
一口一万円
10年間一本づつワインを送り続けます
これが徐々に口コミで広がり大きな輪になっていく
会員にはその年のワインが1本ずつ送られてくる楽しみが
ワイナリーとの絆にもなる
これが結果的に大きな成功を生み出していく
毎日振り込まれる予想外の金額に落たちは
責任感で身の引き締まる思いだったと
「絶対に成功させなければならない」
 
苦しみの中から生まれたヴィノクラブこそ
なコミュニティが農業を支えるCSAの日本で一番大きな形だと考える
 
現在ヴィノクラブは約1万人
そしてカーブドッチは年間30万人の集客する大人気のワイナリーとなった
宿泊施設もオープンさせ順調に拡大を続けている
 
カーブド落を短縮するとカーブドッチだ
落さんはワインは農業そのものだと言う
一本のブドウの苗木を心を込めて育て
それがやがて味わい深いワインになる
ワインは移動することで味が落ちていく
その土地で消費されることが一番ワインにとっても幸せなことであり
味も香りも一番良いのだ
まさにワインも地産地消が一番だと言うことである
 
落さんの周りには個性的なワイナリーを目指す方々が集まりつつある
その人たちの技術指導を熱心に行っている
ワイナリーの周りに個性的なワイナリーが集積していく
それがクラスターとなり
カリフォルニアのナパみたいになればとても楽しいことだと・・・・
1人の男のワインの夢が地域をどんどん活性化させている
地域の活性化に最も大事なのはこだわりと信念とアイデア
そして最後にはやはり人の情熱である
中華料理で大古酒を楽しむ会
宮崎の神亀のマネージャーともいえる松下さんの
しゅみの会の忘年会に誘われ、楽しみにやってきた
 
場所はホテルオーシャン45の1F 藍海 である
中華料理としては今や名実ともに宮崎の筆頭ともいえる実力のところである
 
テーブルにずらり並んだ大古酒の数々
壮観である
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1973年 丸山酒造 時空を超えて
神亀大古酒シリーズ昭和54,56,57,58,59年
1986年 諏訪泉 純米古酒
1986年 ひこ孫 大吟醸古酒
1994年 諏訪泉 純吟古酒
1995年 ひこ孫
1997年 諏訪泉
1998年 秋鹿 純米吟醸
昭和59年から61年をブレンド 時の流れ 神亀酒造
どれも飲めない貴重品の数々
まさに大古酒オールスターの共演だ
こんな古酒がすべて飲めること自体が圧倒的でもある
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まずは時空を超えてで乾杯
このお酒を少し紹介しよう
埼玉県深谷市にある明治6年創業の蔵
この地の星空の綺麗さから織星という銘柄を平成13年から
限定で発売している
この酒は限定150本で1973年醸造されたもの
瓶貯蔵、原酒、吟醸、美山錦55%
まさに時空を超えて38年の時を経て味わうことになる
驚くほどまろやかが際立つ
ひね香が全く感じられない
感心している間に料理が登場
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まずは名物になった感がある豚バラのチャーシュー
サクサク感が何とも言えない
これには諏訪泉の1986年古酒
お酒の色の深みが何ともいえない琥珀色だ
 
プリプリの餃子
もっちりした食感がたまらない
秋鹿の1998年の古酒がぷりぷり感と合う
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ワタリガニと春雨の煮物
ピリ辛の私好みの味
春雨が蟹のエキスをたっぷり吸って旨い
これは古酒とぴったり
お燗した神亀57年がとても合う・・・・贅沢だ
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アワビと青菜の炒め物
これは燗の神亀59年
アワビの食感と味の爽やかさが59年にはグッドだ
 
中華料理には紹興酒が定番だが
紹興酒は少し味にきつさとえぐみがあるものが多い
日本酒の古酒はえぐみが全く感じられず良く熟成されており
まろやかで中華と悠然一体となってのどを流れていく
今日は改めて日本酒の古酒のレベルの高さに感動
蔵元のこだわりがしっかり感じられるまさしく逸品の品々である
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最後のマンゴープリン
デザートには 神亀 時の流れ とマリアージュ
何と『さわまろ』と言える新しい味の発見だ!
 
しかしお腹はもうギブアップ・・・・・・
古酒持参の松下さん、料理長の遠田さん 有難うございました
おかげで大古酒と中華を堪能しました
今日は一キロぐらい太ったかな??
あらためて御馳走様でした
 
マリアージュ度 ★★★★
藍海
宮崎市山崎町浜山ホテルオーシャン45
0985-21-1518
 
 
たかが40名足らずの中小企業が
世界一の製品づくりをめざした
そして発売当初からバックオーダーを抱えて快進撃中だ
現在でも日本国内で10か月待ちの状態が続いている
世界一愛される製品づくりは現実のものとなりつつある
 
会社は愛知ドピー
1936年創業の老舗鋳造メーカーである
船舶や建設資材の下請け会社だ
好景気の時は良いが下請けの仕事は不況になれば
半分ではなくゼロになる
そのためには自社製品を開発しなくてはという漠然としたものはあった
それも世界一の製品を・・・・・
と土方専務は話す
きっかけは友人の結婚式の引き出物だった
ル・クルーゼを貰った専務は最初鍋なんてと思ったいたが
使ってみると料理の美味しさを実感
それからリサーチを開始した
料理がおいしくなるこの鍋も世界一の評価はついていない
ステンレス製のビタクラフトなどの評価のほうが高い
しかし料理の美味しさを実感するのはル・クルーゼのほうだと感じられた
もし鋳物でホーロー鍋を作りさらに無水料理を可能にすれば
世界一の鍋になるのではないかと考えた
兄の土方社長は
工場で鍋を作って売れるのかと考えたが
ビジョンの面白さもあり3年前に開発がスタートさせた
 
次々と押し寄せるハードル
鋳物でカラーホーローの鍋の難しさ
鋳物の変態点は720度
ホーローは800度
そのためホーローをそのまま焼きつけることはできない
大学や研究室に話に行くが難しい、できないとの返事で
結局自分たちでやるしかなかった
この技術を自分たちのものにしたのは一年以上もあとのことだった
さて次のハードルはまだ難問だった
無水料理をやろうとすれば密封性を高めることが必要
鍋の縁を削り磨く手仕事の仕事
まさに日本の職人の魂が込められた作業だ
これも試行錯誤の繰り返し
結果1000分の1ミリという精度の気密性が実現した
しかも直火、IH,ハロゲン可、オーブン可という全方位型の鍋になった
 
すべてに手が届くような細やかな配慮
鍋底はリブ形状
焦げ付かず、対流加熱と遠赤外線効果で内部か熱を伝える事が可能となった
蓋の突起
中の水蒸気循環を良くする効果
取っ手
手がするっと入る丸みを帯びた形
裏返しにしても安定感がある
まさに料理人のツボを押さえた心憎い気配りである
 
さてここからがまた面白い
中小企業だから販促費はほとんどない
プロモーションも知恵と工夫で最小予算で最大効率の事を考えた
2009年11月末
東京で行われたファーマーズマーケットに出店
バーミキュラによる温野菜の試食とカレーの販売を実施
2009年11月3日東京恵比寿
フードコーディネーターを招いてブロガーを対象に料理会を実施した
しかも鍋はプレゼント
これが当たった
ブロガーは自分の料理をネットに公開
実感したバーミキュラの良さはどんどんネットで拡大していった
発売は2010年2月17日だったが発売前から注文が殺到
ピーク時には1年以上のバックオーダーを抱えると言う凄い状態になったのである

私が感動するのは
自分の会社の商品を愛して信じているからこその新製品である
日本の職人魂で全く違う分野で新商品を生み出したこと
40名の会社でも世界1の商品を創り出せること
新商品に対する惜しみない愛情と使い手に対する細やかさ
お金ではなく効率的なプロモーションでヒットは可能だということだ
 
地方の愛知ドピーが成し遂げつつある世界一の鍋の事業は
ただ料理人や主婦を感動させるだけではなく
大きな日本の活性化の模範となっていると確信する
これに続く日本の中小企業がたくさん出てくることを祈念したい