本坊(もとぼう)農園・えびの市

友人たちと前から知り合いである
えびの市にある本坊農園にお邪魔した
本坊さんもお元気そうだ
以前から有機農法を手掛けられていて
ここの野菜はとても美味しく野菜本来の味がする
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収穫したばかりのゴボウ
 
本坊さんの話をお聞きする
農産物に対する大きな理念は前から私も共感している
 
物が腐ることを酸化と言い
マイナス電子が抜けることだ
物が元に戻ることを還元と言い
マイナス電子が入ること
つまり人は、体内のマイナス電子が少なくなると体が酸化し
やがてがんや糖尿病といった病気になりやすくなる
それを予防するには血液の組成である空気、水、食物を
還元力の強いマイナス電子の多いものにして体内に取り入れることです
特にマイナス電子の多い食べ物は光合成力の強い植物からできます
光合成力が強いと高炭素率の高い農作物になります
高炭素率の高い農作物を栽培し
マイナス電子を捕まえることができる炭の含有を多くすることで
還元の強い農作物となります
 
農業の基本は土づくり
3年前にようやく自社堆肥の工場ができた
動物糞尿に光合成細菌と納豆菌、海藻、木炭を混合し
発酵熟成させて本坊農園ならではのオリジナル堆肥ができる
この還元力のある堆肥から土ができ
無農薬で健康につながる農産物をつくる
目標は心と体の浄化のお手伝いができればよいと謙虚な姿勢
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古くから鹿児島地区にある茶節
削ったばかりの鰹節の上に麦味噌を好みで入れお茶をかけていただく
まさに即席の味噌汁だが滋味だ
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この吊し柿が最高に甘かった
風が冷たかったから良い物が出来たといわれていた
 
本坊さんの話を聞きながら大山町のことを思い出した
大分県大山町の大山農協は全国に先駆けて
1986年「大山オーガニック・ランド」を宣言
そのため、農業の基本である土づくりから始めた
合言葉は初めに土ありき
化学肥料は使わず、動物の糞尿や
農産廃棄物であるおがくずや稲藁等を発酵させて
堆肥にして肥沃な土をつくった
堆肥を作るのはとても手間がかかる
完全堆肥でないと農作物が根腐れを起こしてしまう
有機物を完全に発酵分解させミネラル分だけの土にする
その土を使って640人が農業を始めた
この肥沃な土地の底力が美味しい農産物を作り
高値で取引されるようになり様々な好循環を作り上げていく
 
大山町の例をみると
本坊農園のせっかくつくられたオリジナル有機堆肥を
志を同じくした農業の個人、団体に拡げていけるかが今後の課題だろう
オリジナル堆肥を使って還元力の強い農産物をつくり
明日の自分の健康につながる
食とは人に良いものと書く
今後の本坊照夫、千代子ご夫妻の挑戦を見守って行きたい
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農業生産法人 株式会社本坊農園
0984-33-1610
 

ヴィラデストワイナリー(信州)

エッセイストであり画家でもある玉村豊男氏が
1991年に信州に転居され
2003年にワイナリーを開設された
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丘の上にあるぱっと開けた土地を見たときに
一目で気に入った場所だったという
ぶどう畑を見ながら車をすすめていくと
ようやく駐車場に到着
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降りてワイナリーの建物を横目で見ながら
まずは素敵なガーデンを散策
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ガーデンの細かいこだわりも素晴らしいが
ここの眺望は圧巻だ
豊かにそびえたつ山々
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ガーデンから見えるブドウ畑の風景
このワイナリーは7ヘクタールのブドウ畑があるようだ
赤のメルロー、白のシャルドネをはじめ15000本ほどのブドウの木がある
 
ヴィラデストワイナリーのワインは色んな賞を受賞しているが
何といっても開設3年目の洞爺湖サミットでの
ワインを造ったのが話題となった
最近の日本ワインの活躍は
今後のワインの将来を考えるととても楽しみでもある
 
豊かな自然を体感した後は
お店へ
ここには玉村豊男氏がイラストを描いたワインをはじめ
皿やカップ、ポストカードなどが販売されている
ファンにとってはたまらない場所だ
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時間がなく食事ができないのは残念だったが
次の機会に取っておくことにしよう
 
 

テロワールを目指す水芭蕉(永井酒造・群馬県)

初めて群馬県にある水芭蕉の永井酒造にお邪魔した
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まず案内されたのは山の中の渓流
ここからの山はすべて永井酒造の持ち物なのだそうだ
 尾瀬山系からの伏流水が永井酒造の仕込水となる
水の奇麗なこと
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聞くといとうやイワナなどが生息しているようだ
飲むと軟水で柔らかい
毎年仕込みを始めるときと
酒造りが終わった時にこの場所で神事を行っているという
豊かな自然に感謝し、畏敬の念を持ち、良き酒ができることを願い
また良き酒ができたことと安全で酒造りが終えたことを報告する
来年でもここをテラスにして酒も飲めるようにしたいと言われていた
 
そのあと蔵の近くの吉祥寺に
この寺は鎌倉建長寺を本山とする臨済宗の禅寺
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鎌倉武士の大友氏時氏がここの領地だった
そして大友氏が九州に移った後
1339年に先祖発祥のこの地に寺を建立したのがきっかけ
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四季折々に咲き乱れる花が有名で花寺と言われているそう
4月下旬には水芭蕉もきれいだそうだ
小雨に煙る風情もまた良い
庭も素晴らしく季節や天気に関係なく楽しむことができる
永井社長もお気に入りで蔵見学に来た人は必ず案内されるという
 
さて蔵に戻り見学
永井社長は大学は建築を専攻していただけに
この工場の設計から携わっていた
当時社長だったお兄さんは、村から田園プラザを経営して下さいとの依頼があり
現永井社長が引き継ぐことになった
トップは異色のコンビだ
後藤杜氏は東芝のLSIの研究を行っていた
ある時、酒に開眼し酒造りを目指したいと
各県の酒造組合に手紙を出した
面接した永井社長の目に留まり採用されたのだという
節渕常務は高校時代からの親友
金融関係に15年勤め永井社長の説得で入社を決断したようだ
 
タンクは6000キロリットルと大きいが
全て高圧洗浄で対応できる
しかもタンクの温度管理が高さごとに見える化してある
上と下がどれ位温度が違うのか
一目でわかるシステムにしてある
そのため品質管理もしやすい
また災害時の停電時には緊急で集まるようにされており
この危機管理は東日本大震災で学んだことのようだ
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次に案内されたのがこの部屋
タンクはすべて断熱材で巻いている
見積もりは1タンク500万以上かかるということだったので
手作りで行ったため1タンク50万程度に収まった
12年ほど前からこのタンクで生貯蔵し窒素ガスを入れ
酒の劣化を防いでいる
市場に出るときに一回火入れをして出荷する
このシステムを導入したおかげで品質が一挙にアップした
 
なんといっても水芭蕉はシャンパン製法のPUREを出したことだ
成功までに700回の失敗
500回の失敗後、シャンパーニュ地方に一か月ほど行った
そこで発見したのは2次醗酵の温度だった
フランスは地下室で寝かせ醗酵させる
温度は13~15度
日本に帰り再度チャレンジしつづけたらようやく成功した
製法と製造特許も取り、
これからの大きな展開も考えていらっしゃるようで大変頼もしい
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先日フランスのリヨンにある女性シェフの三ツ星レストランに
PUREとデザート酒の採用が決定したそうだ
執念と頑張りとタフネスさが若き永井社長の持ち味だ
 
水芭蕉の目指す蔵は
この土地、地理・気候、作物、人の総称であるテロワールを大事にして
尾瀬山系でしかできない奇麗な酒造りを行っていきたいと
力強くおっしゃっていた
地方の蔵から世界を目指す意気込みと熱い情熱に期待したい

幸せのおすそ分け

2年前の3月11日の東日本大震災から
人々の価値観が変わってきているように感じている
被災された人たちのために
個人個人が私は何ができるのだろうかと考え行動した
寄付やボランティアをはじめ様々な行動が日本中に起こった
それは日本だけにとどまらず世界中で連鎖した
シンディローパー、長淵剛をはじめ様々な歌手のコンサート
石原軍団や奥田シェフなどの炊き出しなどをはじめ
色んな行動が巻き起こった
 
それは今までと何が違うのだろうか?
自分がその地域に何が貢献できるかを考え
手弁当で全てを行ったからだ
 
今までは自分のコンサートや才能に参加者が
対価としてお金を払ってもらい成り立っていた
これが普通の資本主義のシステムだった
つまり逆のことが3月11日以降起こってきているように感じている
 
もうすこし深く考えてみると
この逆のシステムが広く日本で日常的に行われるようになると
日本はとても幸せな国になるのではないかということだ
 
今からは才能のある人、あるいはお金を持っている人が
自分がやりたいこと、教えたいことについて
無償で人々を集め何かをやる
つまりすべて自分のやりたいことを自分でお金を出すと言うことだ
 
たとえば松井やイチローが後楽園ドームを借り切って
自分の教えたい中高生を招待して野球を教える
中高生からはびた一文取らない
協賛スポンサーもつけない
全てのお金は松井やイチロー個人が出すのである
 
例えば企業のオーナーが
専門分野で自分の教えたい人たちを募り
得意分野の理論や技術の研修会をする
全てお金は企業のオーナー個人が出すのだ
 
皆が率先してこのような行動をとって行けば
これらのことが社会還元型の日本の成長戦略になるような気がする
そしてやる側にとっても単なる寄付よりも
自分のやりたいことで自分自身が満足し
参加者も満足できることこそ
とても気持ちのよい社会還元型の形になるのではないだろうか
 
今からの時代のお金の循環とは
こんな流れこそ正しいのではないかと考えている
お金の循環は幸せの循環であって欲しい
 
こんな幸せのおすそ分けの精神が
日本人の心にたくさん芽生えてくると
日本人の幸福度はもっと上がっていくのではないだろうか
 
 
 

くろがね祭

日本の農業従事者数は186万人
平均年齢は66歳
40歳以下はわずか5%と悲しくなるほどの数字だ
新興国がこのまま成長していけば
まちがいなく世界は食糧不足になる
このままいけば数字の上でも、近い将来日本の農業は崩壊する
 
農業従事者からすると
今の農業だと食べていけないと口を揃えて言われる
コメだって畜産だってそうだ
セリで牛が肥料代にしかならない畜産の現場を見ていると
悲しくなると嘆いていらっしゃる畜産関係者は多い
しかも飼料の高騰は致命的な問題でもある
こんな農業に就労する後継者はいないと言われる方も多い
しかし日本にとっても若者の就農は大きな緊急課題だ
 
さてそんな中
宮崎県立宮崎農業高校のくろがね祭が
11月17日開催された
あいにくの雨にもかかわらず大勢の参加者だった
農業高校というと
昔はほとんどが男子ばかりだったが
最近急激に女子が増えているようだ
また就職率が高いことも人気の原因かもしれない
ファーストフードが当たり前の食習慣になっている若者たち
その中で若い農業を目指す学生がとても新鮮で日本の希望に見えてくる

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人気のロースハムは平均2500円
 
生産物の直売は朝からお昼までの半日のみ
食品工学科が肉製品やジャムなどの販売
生物工学科と生産流通科が花や野菜、果物などを販売された
特にハム製品やジャムの長蛇の列には驚きだった
野菜のコーナーには豚汁のふるまいも・・・・
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シクラメン 1500円           ふるまいの豚汁
若者が真剣に農業に取り組み
その成果を発表するのがくろがね祭だ
運営には生徒も参加
駐車場の誘導にも生徒が参加しておりとても好感が持てた
ほとんど一般に告知がないのもかかわらず
これだけの人が集まる
まさに安心、安全、そしてトレーサビリティのしっかりした食品が
消費者に要望されている一つの表れかもしれない
 
農水省は今年から若者の就農を呼び込もうと
高校を卒業して農業を勉強したい若者に2年間に年間150万を
給付して自立を促す
また就労後最大5年間、年間150万の補助を行う
しかし一方壁も多い
農地を借りたくても借りれない人が多いのが大きなひずみとして残っている
新規就労者に貸し手と借り手の信頼関係まで構築するのは無理がある
 
このマッチングシステムを行政と民間が組むことで
やることができれば話は早いのだが・・・・
地域社会全体で若い農業後継者問題をどう取り組んでいくのか
これが要である
お金を流せば若い就労者が増えるという幻想では続かない
 
農業は昔から自然と共に共存してきた
人も自然の中に存在している
だとしたら自然と同化して生きていくのが正しいのではないかと思っている
その動きは東日本大震災以降
農業でも、より強い動きになっていると感じている
今からは自然と同調する農業の時代になっていく
 

不失花(風姿花伝)

私は不失花(うせざるはな)という言葉が好きだ
この言葉は自分の心の中にいつも持っているキーワードでもある
人生や仕事などすべての道に通じる言葉だと思っている
 
この言葉は風姿花伝書の中にでてくるのだが
風姿花伝書とは室町時代に
日本の能楽を確立したと言われる観阿弥、世阿弥
父である観阿弥の教えを世阿弥が38歳の時(1400年頃)に書き残した
能楽の理論書でもあり聖典でもあるといわれる
 
時分の花
若いときは勢いや若さなどそれだけで花になることもできる
しかしそれは時分の花でしかないと世阿弥は説く
それを勘違いしてはならない
若さや勢いがなくなると花は消えてしまう
つまり一時の花でしかない
 
自分の花(まことの花)
少年の愛らしさが消え、青年の若さが消え
壮年の体力が衰えていく
30台で時分の花は消えていく
何かを失いながら人は人生を歩んでいく
何かを失うことは何か新しいものを作る挑戦でもある
時分の花が亡くなった時から
本当の自分の花(まことの花)を咲かせていく
それが 不失花 だと
 
そしてその実現のためには日々精進して稽古をすることだ
花は心、技は種
芸の奥技を求める心がけそのものが
花を咲かせる種である
と世阿弥は説いている
 
どんな年になっても
老いてもその老木に花が咲く
その道を求め精進した者だけが手に入れられる
内から自然と輝く美しさやオーラ
それが理想の姿であり
まことの花であり不失花だと・・・・・
 
いくつになっても自分の「花」は持っていたいもの
日々精進と努力の大切さ
そして想いと情熱・・・・・・・
おだやかに自分なりの不失花を目指していきたいと思う
 
『 不失花 』は私の心にずーっと刻んでおきたい言葉の一つでもある

エーシー

2010年下期のテレビ広告費は回復傾向にあった
しかし東北・関東大震災がそれを吹っ飛ばしてしまった
NHKを始め在京民放が11日の震災直後から
特別番組を編成
24時間休む間もなく震災の放送を続けた
民放はCMをすべて飛ばして震災一色となった
 
ようやく17日頃からレギュラー番組が一部復活したが
CMの自粛ムードが続いている中、ACジャパンのCMがめだつ
ACジャパンとは1971年創立の
日本広告協議会 (ADVERTISING COUNCIL JAPAN)
旧 公共広告機構である
初代会長はサントリーの佐治敬三氏
会員は全国に1200社あまり、
広告を通じて様々な提言を発信し
住みよい社会の実現を目指す民間の団体
 
天災の為、突如キャンセルや自粛になった広告枠は
ACジャパンの
同じCMが幾度となく流れることになる
震災と同様に仁科明子が乳癌だったという事実や脳卒中で倒れたオシム氏は
皮肉にも全国に広く認知された
そして一部の視聴者からはあまりの繰り返しに苦情も寄せられている
改善策として最近、最後のエーシーのサウンドロゴがカットされた
 
ACジャパンの広告は無料のため
テレビ各局は稼ぎ時の3月に大きな痛手をこうむっている
在京テレビ局にとって見るとCMを1日放送できないと
4億円に近い損失であるといわれている
多くのスポンサーは3月が決算期であるため
テレビ広告費をずらすことができない
この広告費はどこに行くのだろう
スポンサー各社は震災支援対策に頭を絞っている
間違いなく広告費の浮いたお金は支援物資や義援金に化けていく
全国のテレビ局は決算期の3月に有料広告の大半を失ってしまった
 
日本の歴史上でも、未曾有の大震災ということは理解できる
ただ全国の民放でACジャパンの同じCMが
全国中を幾度となく繰り返しのエーシーが流れるだけで
ほかに局独自のメッセージを出すとか募金対策の告知をするとか
やるべきことの工夫が出来なかったのか・・・・・・
ACジャパンの広告枠は放送局にとって自らのメッセージを伝える格好のチャンスでもあったはずだ
放送局の大きな使命を考えると少し残念でもある
 

BRICsと日本

2001年9月のテロの影響が色濃く残るニューヨークで
2001年11月30日ゴールドマンサックスの経済レポートに
Building Better Global Economic with BRICs
として初めて世に出た言葉がBRICsである
 
名付け親はゴールドマンサックスのジムオニール氏
現在ゴールドマンサックス・アセット・マネージメントの社長だ
 
その後BRIICと言う言葉は世界中の投資家、事業家に深く浸透していく
ブラジル、ロシア、インド、チャイナの4カ国は一挙に注目を浴びる事になる
 
2003年ゴールドマンサックスは
BRICsと共に夢を見ようとして大胆な経済レポートを出し
2007年にもBRICsレポートを出す
 
下記が2050年の各国の経済予想の数字だ(単位:兆円)1ドル=85円で試算
 
     2050年(2003年予測)               2050年(2007年予測)
1    中国  3777                中国  6010    
2    アメリカ  2989                 アメリカ  3273
    インド  2363                インド  3201
    日本   567                  ブラジル  965  
    ブラジル  516                 メキシコ  794
    ロシア   499               ロシア  729
    イギリス  321                 インドネシア  596
    ドイツ   306                 日本    567
    フランス  268                 イギリス   436
10   イタリア  175                  ドイツ   426 
 
注目して欲しいのは2003年の予測と2007年の予測の
BRICsと言われる4カ国の増加額だ
中国は2003年予想の60%の増加
インドは35%増、ブラジルは87%増、そしてロシアが46%増
と言う脅威の数字に比べ
日本は0%と変わらずで2007年の予測では8位に低下している
どの国も伸びているのに同じ数字は日本だけである
ここだけ見ても未来の日本が危ういことがわかる
 
2009年に出したレポートは中国のGDPは2027年にアメリカのGDPを抜くと
BRICsのGDPは2032年にG7を上回るとしている
 
そしてBRICsを追うのは
ネクスト11と呼ばれるイラン、インドネシア、エジプト、韓国、トルコ、ナイジェリア
バングラディシュ、パキスタン、ベトナム、トルコ、アルゼンチン
これらの国からどんどん成長国が出てくる
 
ジムオニール氏は今後の10年はBRICsの10年だとして
このトレンドは今後も続くし加速する
BRICs全体の経済規模は2018年にはアメリカを追い越す
あと10年でBRICsの世界の成長率に対する寄与は49%に達するとしている
 
新興国が高度成長を遂げ躍進することは望ましいが
世界で資源獲得競争と環境悪化、食糧不足を招くことは間違いない
そして地球は悲鳴を上げる
持続可能な世界の未来が見えてこない・・・・
 
さていつの間にか日本と言う国は世界から見ると投資対象から外されている
ゴールドマンサックスの予測の数字が明確に現している
その日本をどう立て直し、活性化させ、成長軌道に乗せるのか
日本国の舵取りを誰に任せればいいのだろう・・・・・・
 

マラソンブームから考えるスポーツランド

世界的にマラソンがブームだ!
時代のトレンドも環境や健康志向と追い風になっている
2009年レジャー白書によると
ランニング人口は急増中で2550万人
2008年の12%増の270万人増えている
 
最近の傾向は自分の健康は自分でしっかり維持すると言う
30〜40代の独身女性の増加が顕著だ
ファッションがブラッシュアップされていくとブームは本物になるといつも思っているのだが
ランニングについてはその傾向が顕著だ
女性向けの雑誌にも
後姿も手を抜かない、クールなRUNファッション
上半身は色使いが決め手等、スポーツでありながらファッション性の高い記事が目立つ
 
マラソンブームに火をつけたのが東京マラソン
2011年2月27日に開催される第5回目の参加申し込みは33万5000人と
定員35000人の9.2倍となり
恐るべき数字になっている
経済効果も計り知れない
 
全国の自治体もこれを見過ごすはずはなく
大都市圏では様々な都市の特性を生かした大会を計画中だ
2011年秋に開催を決定した大阪マラソンは
祭りをテーマにした市民マラソン
2012年3月に開催する京都マラソンは京都ブランドを前面に押し出し
観光地周遊型のコース設定
名古屋国際女子マラソンは12年からマラソンフェスティバルと
3万人規模の市民マラソンに発展する
 
さあ、もうすぐ3000万に達すると言うランニング人口に
どうスポーツランドとして機能していくかが宮崎の課題だ

ランニング人口の増大はマラソンブームの先に
トレイルラン(クロスカントリー)トライアスロンと
拡がるのは確実だ
 
宮崎では青島太平洋マラソンと綾照葉樹林マラソンと言う2つの大会が圧倒的で
ほぼ宮崎市のエリアだけの開催だ
スポーツランドのこれからは全県的な拡大は必須条件だ
 
そのためには大きく3つのポイントが重要となる

まず第一は点から面のマラソン大会の拡大が必要だ
特に県内の高速道路インターから近いえびの、小林、都城、西都地区での
その地域の資源を生かしたマラソン、ジョギング、トレイルラン、トライアスロン大会などの地域資源を活用した
独自の積極的開催と今までの大会の一層の拡大
これらの大会がそれぞれに機能し宮崎県内の交流人口を広げる
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第二は陸上などのスポーツ合宿、ランニングのサークル活動の受け入れ体制のさらなる拡充
アンケート調査などを見てみると
スポーツ合宿についての要望は
施設整備の不足、宿泊施設の不足、施設の老朽化が3つの大きな要素だ
県内の地域において重要なポイントの一つはコアとなる宿泊施設の整備だ
地域に行けばいくほど、宿泊施設が足りないのが現状だ
そのための大きな対策は廃校活用だ
県内各地の廃校は予想以上に増加している
廃校にはもちろん太陽光発電を利用しソーラーフロンティア構想を後押し
廃校利用とスポーツランドをどう組み合わせ、料金の安さ、サービス、地元らしさを出せるかが勝負だ
そして市や町、民間をなども含めた体制作り
栄養士なども入れた地産地消の食事管理
 
第三はワンストップサービスのネット上での実施
インターネットで宮崎県の各地域のスポーツ情報、合宿の費用がトータルでわかる
システム整備も必要だ
 
宮崎は太陽と緑の国
スポーツには最適な環境だ
爽やかな汗は心と体を健康にする
新たな政策で都市圏と地域の交流人口が拡大し
スポーツを通じて地域が活性化しひいては宮崎県全体が活性化することを願う

加藤嘉一(中国で一番有名な日本人)

中国で一番有名で影響を与える日本人が北京にいる
 
加藤嘉一(かとうよしかず)
1984年静岡県生まれの26才
2003年に奨学生として北京に行き北京大学に入り中国語を学んだ
北京から見ると見えなかった日本の良さや世界が見えてくると言う
 
現在、フィナンシャルタイムス中国語版のウェブサイトのコラムや
香港テレビのフェニックスネットのブログの連載を始め雑誌などの連載物も多数
昨年の取材回数は318回 
そのほとんどがテレビメディアだ
生放送でも中国語で日本の考え方を話す
独特の柔軟でバランス感覚のよさが中国で
加藤現象と言われるブームまで巻き起こした
 
いまや日中関係に関しては
若手としてはもっとも有名な日本人である
 
2005年4月9日
歴史問題をめぐる教科書問題で
中国の大衆が反日感情で日本を攻め立てたことをきっかけに
中国が誤解している点や
自分が良いと思っていること、悪いと思っていることを言おうと思った
テレビの取材に対し
 
これは外交問題
どちらが悪いと言うことではなく、自尊心を尊重しながら
お互いが反省し対処する問題だと思いますと回答した
 
このことが注目を浴び、様々な中国メディアに登場するきっかけとなる
 
彼の日常は 4時起床、一時間ほど沈思黙考、そのあと15キロのジョギング
朝食後2時間ほどコラムを書き外出、夜は論文を書く
人民日報と中央電視台のニュースは必ず見る
彼は走ることがテーマだと言う
価値観、人生観は走ることから形成され、走ることは僕の原点だと言う
 
中国では80後(ポスト80年)と言う言葉がよく言われ、影響力も増大している
1980年代生まれの若者
無責任、利己的、理解できないの−イメージと
開放的、伸びやか、何事にもとらわれないの+イメージがある
年功序列型の日本では若者が社会の核として捉えられるのはほとんどない
中国では若者が物を言い、注目され、珍重され影響を与えている
中国メディアでは加藤氏が日本の80後の代表だと考えているのかもしれない
 
世界から見ると日本が違うことが判ってくる
様々な日本基準は日本独特のものだ
グローバリゼーションは日本の宿命
世界の中の日本は日本の中にいるとほとんど見えてこない 
日本の若者はハングリーさが足りない
中国にあって日本にはないもの それは爆発力だ と彼は言う
 
今回の尖閣列島問題が悪化する中、抗日感情が高いと言われる重慶で講演を行なった
今回の問題は2005年以来の更なる恐怖にさらされている
これは本音であり直感だ と感じていた彼にとって
講演会の主催者は私はあなたのバランス感覚を信頼していると言ったという
様々な日本の事業が中止、延期に追い込まれている中
まさに彼が中国でどのくらいの影響を持った存在であるかを大きく物語っている
 
私も中国を旅して感じることだが
中国がますます大きくなりますます安定し
日本は中国から得るものが年々大きくなってきていると思う
中国と日本の共通利益はお互いの将来にとって疑いがないほど重要だ
 
そんな中で今後の日中友好は中国語で日中関係を語れる人材だ
どちらの国の文化やカルチャーも理解し
日本人が中国の言葉でネゴシエートすることこそ大きな突破口になる
全体適切を考え自分の意見を語り、押し付けない柔軟さとバランス感覚
そんな中国語を語れる日本人の若者が加藤氏だけではなくもっともっと増えて欲しい
それが将来を見据えた日中友好や日中活性化のベースになると確信する