水の結晶から見えるもの

水がないと人は生きてはいけない
人間の体の60%は水と言われている
赤ちゃんだと80%だと言われている
トマトは90%、リンゴは85%
魚は75%だと言う
そう考えると地球上で生きている人間をはじめすべての動植物にとって
水はどんなに大事なものであるかお分かりいただけるだろう
それほど水と人は切っても切れない関係なのである
 
日本に江本勝さんという
水を氷結させその結晶写真を撮った人がいる
この試みは世界初で
結果は水の神秘をさらに深く考えさせられることとなる
水の結晶に込められたメッセージは
様々な重要なことを我々に知らせてくれる
2001年に出版された本「水は答えを知っている」
は現在でも重版に重版を重ねている
 
少しご紹介を・・・・
町の水道水の結晶はほとんどが全滅だった
水道水は消毒のため塩素が使われている
その塩素が水の綺麗な結晶を完膚なまでに壊してしまっている
それに水道水はパイプの中を何キロと流れて家庭の水道口に送られてくる
それだけでも水の結晶は壊れてしまうのだ
それに引き替え、全国各地の自然水は豊かな自然さながらの美しい結晶だった
日本の素晴らしさは各地の水の素晴らしさにあると
この事からも断言できると思う
 
次に行ったのは水に音楽を聞かせる実験
水は精製水を利用したそうだ
ベートーベン、ショパン、そしてモーツアルト
いずれもその曲調を思わせる美しい結晶の花が開いたのである
最後に怒りと反抗の言葉に満ちているヘビーメタルのロックを聞かせた
する結晶がバラバラに壊された形で現れたのだ
 
そして思いついたのは言葉で水の結晶がどう変化するかを行った
言葉を書いた紙をビーカーに張り付け
水の結晶を見ると言う試みだった
ありがとうとばかやろうはどのような変化があるのか?
結果は驚くべきものとなる
ありがとうと言う言葉は美しい六角形の結晶ができていた
ばかやろうと言う言葉が結晶が細かく砕けていた
 
まさに良い言葉や良い音楽は水を
きれいな美しい結晶にしてくれるのだ
 
さて「WATER」と言う映画が2006年に公開され
ロシアで様々な賞を受賞した
その後アメリカや日本でも紹介され大きな反響を呼んだ映画だ
この中でも江本さんのインタビューや水の結晶の場面も出てくるが
それ以上に興味深いことが化学者や研究者の言葉からわかってくる
 
オーストリアの水の研究者 アイロス・グル—バー氏は
もし人が良い想念を持って水と接したり、水を祝福したり
水に感謝を告げたりすれば
水質は改善され
その人やその体に対して水はポジティブな効果をもたらす
水に否定的な想念を送り出している人は
体の中で60%を占める水を汚して否定的なエネルギーを与えている
 
今起きている世界の現象(異常気象、災害、地震、紛争などなど)は
すべて私たちが不健康であることの結果なのではないか
そうだとするとこれは水が汚染されてしまったことの
結果なのではないかと考えざるをえない
 
今までのことを積み重ねていくと
水には情報を記憶する能力があるように思えるのは
私だけだろうか?
全ては水の中で始まりすべては水の中で終わる
近い将来、世界は水不足の時代に入って行くのは間違いがない
 
想念や言葉で水が健康になるのだとすれば
まだ将来に向けて方法論は残されている
そのためにも私達はしっかりと水の大切さと重要さを胸に刻み
水に愛と感謝を持ちながら
一緒に生きていかなければならないのではないか!

寿司というプレゼン!

安倍首相のオバマ大統領に対する
日本最初の食事のプレゼンテーションは
寿司だった
和食が世界遺産になり
日本としても様々な食文化を世界に売り込む
そんな思いを持った安倍首相の選択は
意外なサプライズとなってオバマ大統領を喜ばせたことだろう
 
日本ならではの食事のプレゼン
その最高峰の一つは寿司であり日本酒だと思う
職人の手仕事を見ながら楽しめる
しかも親密さと和やかさを強調するカウンター
 
オバマ大統領のコメントが
人生で一番おいしい寿司だったということでもわかる
これで日米の新しい信頼関係を結ぶことができると
個人的にも大変うれしいのだが・・・・・
もちろん世界への和食の情報発信効果も大変あったと思う
 
場所は銀座の雑居ビル
しかもトイレは店の外
そんなところに日米の首脳が集まるのだから
警備も大変だったようだ
動員された警備員は16000名ほどの凄い数となった
 
さて食事の場所となったのは
すきやばし次郎
今88歳でありながら現役の寿司職人
ミシュラン7年連続3つ星という偉業を達成しながら
ただ淡々と寿司を握る
ロブションはじめ、この寿司に魅せられた世界のセレブは数知れず
 
この寿司に魅せられたある若手の外国人監督が
2011年に制作したドキュメンタリー映画が頭をよぎった
 
 
タイトルは  「次郎は寿司の夢を見る」
監督は30歳の若手 デビッド・ケルブ
父親はNYメトロポリタンオペラの総帥 ピーター・ゲルブ
母親もフードライターという良い環境の中
次第に食べ物に興味を持っていく
たまたま山本益弘氏の紹介で訪れた
次郎の寿司で衝撃を受ける
シャリのふわふわ感とネタのバランスがパーフェクト
感銘を受け
ほぼ3か月にわたる取材を行い
ドキュメンタリー映画を完成させる
ただ見終わった後に本当に外国人監督が撮ったドキュメンタリーか?
と思ったほど日本的な映画だった
 
2012年3月ニューヨークのわずか2館からの映画の上映が始まる
アメリカ人から見た日本の職人気質の
異例のドキュメンタリーは口コミで瞬く間に広がり
興行収入250万ドルというドキュメンタリーの世界ではあまりないほどのヒットとなる
そして2013年東京で凱旋上映が行われた
 
この映画の中での
山本益弘氏の出会った次郎さんへの変わりない感動
次郎さんの握る寿司の日々の情景
2人の息子さんとの師弟関係
弟子たちからの素直な感想
築地のプロ達の声
少なくなっていく魚の食材
小野次郎さんの信念と覚悟
 
それらがモーツアルトやバッハのクラシックと映像が調和していく
それだけではない
小野次郎の心理と
現代音楽の巨匠フィリップグラスのリフレインの音楽と
映像の共鳴が何とも素敵である
何故日本人がこれを撮れなかったのかと思ってしまう
一度機会があればぜひご覧いただきたい!
 
1965年銀座で開業した次郎さん
現在88歳
シンプルを極めればピュアになる
もっと前、もっと上
自分の仕事に惚れなくてはだめ!
次郎さんの言葉は再び私の心に大きく反響している
 

ホテルアソシア名古屋ターミナルの物語

知人の勧めで4月19日映画を見に行った
素晴らしい映画だと言われたがあまり期待もしていなかった
名古屋の小さなホテルのドキュメンタリーだと言われ
それが心に引っ掛かっていた
 
会場に行くと殺風景な場所で
少し心配になったがいよいよ映画がスタート
タイトルは 「日本一幸せな従業員をつくる」
ホテルアソシア名古屋ターミナルは名古屋の人に惜しまれながら
2012年9月30日36年の歴史に終止符を打った
 
映画の主役はJRの労働組合の事務局長から10年前に
ホテルに転勤してきた支配人の柴田秋雄氏だ
映画の最初の5分間で柴田秋雄氏に吸い寄せられていく
あと10日間でこのホテルの営業が終わるという
ホテルアソシア名古屋ターミナルは
柴田さんが来たときは債務超過寸前の4期連続赤字
それを黒字化して10年連続増収の記録を創り上げていた
ただ再開発のためホテルそのものが解散になると言う時だった
 
彼が目指したのはリストラでもなく、成果主義でもなく
日本一の従業員になることだった
 
障害者をうちは雇用している
特別扱いはしない
耳が聞こえない女性を採用し
レストランで働かせている
一番心配したのは母親だった
しかし彼女は家族とホテルの同僚に有難うとの手紙を書いてくれた
それをしっかり読む彼女の姿に泣けた!
 
名古屋を襲った集中豪雨があった
電車も止まりどこにも帰れない
駅もお客であふれかえった
他のホテルはお客の締め出しを始めた
アソシアは悩んだ末に居場所がない人たちのためにホテルを解放した
夜中にはスープのサービスを行った
総料理長が言う
気合が入ったんでしょう
あの時作ったスープは一番旨かったと
この事はあとで新聞はじめマスコミで話題になり
ホテルのイメージアップに貢献した
 
食中毒を出したことがある
7人だった
公表の基準は10人
後の影響は深刻だと考えたが
しかし正直に発表した
新聞社などマスコミは小さく扱ってくれた
クレームは何件かあった
しかし驚いたのはその後のお客様の予約の殺到だった
本当に感激した
 
出入りの業者の方々から
このホテルは家族か親戚のように思っている
 
銀行との約束で黒字にしないといけなかったとき
その年は赤字になりそうだった
そのことを知った従業員組合は10%自ら給与カットを申し出た
ありえない話だがそれでこの年黒字にすることができた
 
涙が出て止まらない
久しぶりにそんな思いを持った映画だった
柴田さんの熱さが心地良い
そしてお前が大切なんだと言う言葉に重みがある
どうすればみんなが幸せに働けるかをいつも考えないといけない
そのことが心に深く突き刺さる
再度会社とは、従業員とは一人一人幸せとは を考える良い機会になった
 
横に新しいマリオットホテルができたにもかかわらず
10年間前年比をクリアーしていった奇跡のホテル
そして名古屋のホテルで最もボーナスが良かったホテル
188人の家族を作ったホテルアソシア名古屋ターミナル
それはすべて柴田さんの言う従業員満足度なんだと
 
わざわざ宮崎までお越しいただいた柴田秋雄さん
素晴らしいドキュメンタリーを制作された岩崎監督にも拍手を送りたい
感動をありがとうございました
この感動のムーブメントが全国に拡がって行くことを祈念しています
 

生頼範義(おおらいよしのり)展

宮崎市の宮崎アートセンターで
イラストレーションの奇跡ともいえる
生頼範義展が3月23日まで開催している
今日はアートセンターでこのイラスト展を見ることに
忙しい中、責任者の石田達也さんが案内をしていただく
この企画をやろうと思って、彼らスタッフが2年がかりで実現したと言う
生頼範義は1935年兵庫県明石市生まれ
1962年 書籍の装画や挿絵、新聞広告のカット制作などを手掛け始める
1973年 奥さんの実家である宮崎県宮崎市に転居、アトリエを構える
1980年 スターウォーズ 帝国の逆襲 国際版ポスターで世界的に注目を浴びる
2013年11月6日 宮崎県文化賞 芸術部門受賞
私もスターウォーズやゴジラのイラストを描いた人が
宮崎に住んでいるとは聞いていたが、どんな人かはほとんど知らなかった
ファンにとってはプライベートはベールに包まれた人だけに
全国から展示会の問い合わせが相次いでいると言う
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宮本武蔵や日本沈没のイラストでもおなじみだが
私が感動したのはたばこのホープのイラスト
アメリカの町並で若い男性がホープを吸っているイラストだが
まさしく写真みたいな精度がある
石田さんが言うにはこのシリーズや広告などは彼にとっては息抜き
自分が考えなくて良いからだと言う
その仕事の速さは超人的だったようだ
スターウォーズや戦争シーンのイラストは資料を買いあさり
その図面から自分なりに研究をして、角度を決めて船や情景を書き上げていったと言う
図面からすべてを書き起こすことができる
まさしく人間CADのような人らしい
ジョージルーカスが生頼範義のイラストを見てこれだと思い
自ら指名して作らせたスターウォーズのポスター
想像をはるかに超えた奇跡の創造の作品展である
いつもはアトリエにこもりっきり
出てくるときはご飯を食べる時と眠る時だけの生活
奥さんでさえも何をしているのか知らないそうだ
2011年までに書き上げたイラストは数千点にも及ぶ
今回はその序章ともいえる約300点程度が展示されている
アートの財産が眠っていると言っても過言ではない
今後の研究と次の展示会が今から楽しみである

千利休と秀吉

利休にたずねよと言う映画が上映されている
この原作は山本兼一
第140回直木賞を取った小説
利休の深さと覚悟を実感できる素敵なミステリーだった
この話題の本が映画になった
 
映画は千利休を市川海老蔵が演じている
少し体が大きすぎるが、また違った利休を見せてくれるだろう
秀吉の大森南朗というのが面白い
この2人の利休と秀吉にも興味がある
是非近々見たいものだと考えている
 
さて利休と秀吉
秀吉の命令を自在にさばき
自由と個性で豊かに対応した利休のエピソードが印象に残っている
 
朝顔
 
朝顔の花を見に来ませんか?
千利休から秀吉へお誘いの手紙が・・・・
利休屋敷に見事に咲く朝顔の花々
千利休は早朝、庭から一輪の朝顔を摘み取り
そのほかはすべてを切り取るよう弟子に命ずる
朝顔を楽しみにやってきた秀吉は
朝顔が全然ないのにがっかりして茶室に入る
何とそこには朝露を含んだ白い花が一輪
床の壁に賭けられている
その気品ある姿は秀吉をもてなすにはふさわしい風格
秀吉は利休に感嘆すると同時に
無心に朝顔の花に吸い寄せられていった
 
黄金の茶室
 
秀吉に命ぜられて黄金の茶室を作ることになる
どこでも移動できる組立式にしたところが利休の発想の凄さだ
これは現在の建築の基本ともなる組立式の最初の物だろう
あと一つは障子と畳の色だ
エンジ色の赤
これはカトリック教に司祭の礼装だ
金とモダンな赤を使用することにより
悪趣味から超越して一つの形を作りだしたのだ
 
派手好みの秀吉、わびさびの利休
成り上がった秀吉の数々の難問に
堂々と自在に対応した千利休は
秀吉の逆鱗に触れ切腹を命ぜられる
千利休亡き後秀吉はこれを悔い、利休を懐かしんだという
 
利休のデザインは素材に逆らってないことだ
素材を生かして素材に寄り添い
シンプルに表現している
そして完全なものではない不完全な美を表現することが利休だった
侘びとはその究極だったろう
 
過剰な自己表現をしないのが
茶の湯400年の歴史の中で、
時空を超えて今なお千利休が原点と言われる理由かもしれない
 
 

ここねちゃん

最近宮崎出身の俳優の活躍が目覚ましい!
怪物視聴率となった半沢直樹の堺雅人
10月9日に始まったばかりのリーガルハイでも
20%越えの視聴率をたたき出した
そしておしんの濱田ここねちゃん
どちらも宮崎出身である
 
おしんの主役
濵田ここねちゃんは2471人のオーデションの中から選ばれた
泉ピン子にこの子しかいないと言わしめた
圧倒的な演技力と笑顔の素晴らしさ
 
おしんの日本の上映を前にして
9月27日中国最大の映画祭 
第22回金鶏百花映画祭の国際部門で日本初の最優秀映画賞を受賞した
参加者が4万人規模と言われる
中国版アカデミー賞とも呼ばれている
 
授賞式に出た富樫監督は
苦労を共にしたすべてのキャストとスタッフと一緒に
この栄えある賞をいただきたいと思います
あの極寒の山形で親元を離れて一人で頑張った
濱田ここね
この賞はあなたの物です
あなた無くしてこの映画はできていなかったと
おしんを演じきったここねちゃんをほめたたえた
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そして封切の10月12日
第37回山路ふみこ映画賞におしんが選ばれ
同じく新人女優賞を濱田ここねちゃんが受賞した
 
極寒の山形のロケで
歯をくいしばって耐えている顔が泣けてくる
濱田ここねちゃんには
おしんをジャンピングボードに更なる大きな活躍を期待している
 
ここねちゃんは宮崎のテレビラジオで活躍する
濱田シロー氏の子供さんでもある

風に立つライオン(さだまさし)

TSUKEMENの9月の宮崎コンサートの件で
柴田紘一郎先生に会う予定で
車を運転していた
その時に携帯が鳴った
私のお世話になっている先輩からだった
読んだら大変面白い本で『風に立つライオン』という本なんだけど・・・・
 
えっと思った
実は柴田先生こそが風に立つライオンのモデルなのだから
しかも今から会うのだ
そのことを言うと向こうもびっくりしていた
何という奇遇なのだろう・・・・
これだけで読まないといけない本だと思ってしまった
 
実は風に立つライオンを知ったのは遅ればせながら去年のことだ
さだまさしの息子大陸君がメンバーの一人でもある
TUKEMENのコンサートを主催することになり
さだまさしと親しい柴田先生にお会いし
風に立つライオンのモデルと知ることになる
さだまさし後援会の会長を自認する宮崎のスナック かすみで 
風に立つライオンの映像と歌を見て聞いて
若い青年の柴田医師がアフリカで医療に従事しているおおらかさと明るさ
それがアフリカの雄大な風景とマッチして大変深い感動を覚えた
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ミスター大丈夫こと柴田紘一郎先生
 
その曲が本となって出版されたのだ
風に立つライオンは
アフリカの僻地医療に青春をかける青年医師が
母国日本に残してきた恋人にあてた手紙がテーマである
 
そのモデルとなったのが宮崎在住の柴田紘一郎医師
彼は1960年代の終わりケニアのナクールにある
長崎大学熱帯医学研究所に3年間出向した
さだのお父さんと柴田先生は無二の親友と言っても良いほどの仲
さだは彼の語るアフリカの光と影、美しさと厳しさ、雄大な風景に心躍らせた
1987年のある夜 8分にも及ぶこの曲を一気に30分ほどで書き上げた
 
歌も素晴らしいが本はもっとスケール感がアップして壮大なストーリー展開となっている
 
東日本大震災にケニアから来たボランティアの医師
彼の名前は ミケランジェロ・コイチロ・ンドゥング
 
小さいころ家族を殺され狙撃兵となっていた少年
固く心を閉ざし孤独な目をした少年が思いを吐き出すように航一郎にいったのです
僕は医者になれますか?
私の心はどくりと大きな音をたてました
もちろんなれるよ
ンドゥングの顔が急に変わったんです
僕は9人の命を奪った
こんな人間でも医者になれますか・・・・
お前は9人死なせた それなら・・・・
これからお前は一生かけて10人の命を救わなくてはならない
いいかい
未来はそういうためにあるんだよ
 
ミケランジェロ・コイチロ・ンドゥング
彼は医者の活動を通して被災者の人気者となって行きます
家族を失いショックで
声を失っていたあつおは固く心の扉を閉ざしたまま・・・
ンドゥングはあつおに優しく接していきます
声を失っていたあつおが突然声を上げて
コイチロさん 僕は医者になれますか?
あつおをハグしたら涙が沢山沢山でてきた
君は家族を4人失ったのだから5人は救わなくてはいけない
 
小学生だった航一郎が本の中のシュバイツアー博士から受け取ったバトンが
彼をアフリカまで呼び寄せ
さらにスパイナーだった少年にその大切なバトンが渡され
東日本大震災でそのバトンが日本人に渡された
 
人という生き物は静かに志というバトンを
受け継いでいくのだと・・・・・
この本は2年後に映画化されることが決定した
主演は大沢たかおの予定
さだまさしの書く日本語がとても美しい
必読の本だと思う

天のしずく 辰巳芳子(命のスープ)

人生を70年として考えてみると
食事の回数は1日3回食べるとして計算すると
一年間で1095回
人生70年で76650回しか食事を取れないことになる

意外に食べられないものだ

そう考えると食というものを
再度大事に深く考えてみたくなった
 
食は命にダイレクトにつながっているもの
人間の食は呼吸と等しく命に組み込まれていく
しかし現在では
自然の恵みの食材から命を支える食へのプロセスが料理であるはずなのに
時間と手間を省いた工業化学製品のような食が
巷に氾濫し、それを便利に思っている人が多い
まさしくまがい物の食に取り込まれているのが
現在の姿なのかもしれない
 
そんな折に天のしずくの映画が上映された
料理研究家として名高い辰巳芳子氏の
ドキュメントの映画だ
 
辰巳さんは料理家でもあり作家でもある
 
1944年 戦時中に結婚をした夫とはわずか3週間ほどの
       新婚生活で出征、戦死してしまった
1945年 結核を発症、15年にも及ぶ療養生活を余儀なくされる
1964年 料理家として活躍を始めた母の手伝いを始める
1972年 父が脳血栓の再発で入院
       母娘でスープを持参する日々が続く
       これがのちに命のスープと言われることになる
1977年 母心臓麻痺で死去
1980年 父死去
      鎌倉のクリニックに週1回30人分のスープを届ける
1996年 スープ教室を始める
 
映画の監督は河邑厚徳氏
NHK出身で様々なドキュメンタリーで
独自の手法で賞を取っている方である
 
映画の中での辰巳さんは上品でシックだが
何といっても手が素晴らしい
スープをかき混ぜている手
紫蘇を摘み紫蘇をもんでいる手
梅干しを干している手
手の所作が形ができていてとても美しい
しかも出てくる日本の風景はなぜか懐かしく穏やかだ
 
映画の中では鍋のスープを何度も愛おしく
かき混ぜている辰巳の姿が出てくるが
手の感触を通じて何かを成す
それがとても美的に思えた
 
そのスープはいつの日か命のスープと言われるようになり
数々の医療現場でも活躍している
辰巳のスープ教室は何年先まで予約でいっぱい
 
食べ物が命の源であり
日々食べたもので命が刷新されていく
そのことを深く感じた
 
わずか3週間の結婚生活
私は50年間ずっと悩んできた
この人生で良かったのだろうかと・・・・
結婚50周年の時、戦死したフィリピンから主人が呼んでいるような気がして
フィリピンのセブ島に行った
その時に私は夫に幸せな人生でした と素直に言えたと言う
 
辰巳さんの人生には3つの大きな出来事がある
戦死した夫との別れ
結核
そして両親の死
この3つがふっ切れたのはフィリピン旅行が大きいと感じた
全てが解き放たれ
その後スープ教室など数々の社会活動を精力的に行っていく
 
穏やかな一つ一つのシーンが思い浮かぶ秀作であった
 
最後に一つ辰巳さんの面白い話を
すりこ木とミキサーの違いだ
ミキサーは粉砕
すりこ木は融合だと・・・・
融合とは手の触感と五感を総動員してできるもの
融合こそが食の極意なのだとこの映画は教えてくれているのかもしれない
 
 

是枝裕和監督カンヌで再び!

是枝裕和
この監督の名前は日本より世界で有名だと思う
それほど国際映画祭では作品の上映の要請と受賞も多い
 
今回は第66回カンヌ国際映画祭で『そして父になる』で審査員賞を受賞した
監督自身のオリジナル脚本で
病院で取り違えて成長した2人の男の子と2つの家族の葛藤を描いている
18日の上映後10分間にもわたるスタンディングオベーションで
監督以下感激したと言う
 
さて是枝監督の足跡を見てみよう
早稲田の文学部在学時代に
活字から映像へ自分の興味が移って行き
自分でシナリオを読んだり映画館に通う毎日が続く
映像のそばで仕事をしたいと思い制作プロダクションのテレビマンユニオンへ入社
入社してADとして働き現実とのギャップに悩むが
テレビドキュメンタリーでギャラクシー賞など数々の賞を受賞する
 
95年には監督として初の映画 『幻の光』を制作
その映像美が話題となる
夫が謎の死を遂げ、赤ちゃんと共に残された妻
再婚するが前夫との想い出、死への疑問、孤独感などが彼女を襲う
江角マキコの演技が新鮮だった
この映画がベネチア国際映画祭 金のオゼッラ賞
バンクーバー、シカゴの映画祭のグランプリを受賞
一躍世界で有名になった
 
98年には 『ワンダフルライフ』
死んだ人間が次々と足を運ぶとこの施設に
天国に行く7日間の間に大切な思い出を一つ選び
職員が映画を制作、再現する
最終日に上映会が行われ死者は旅立つ
この脚本には世界の映画ファンから圧倒的な支持を受け
世界30か国で上映される
この映画はナント3大陸映画祭グランプリ
ブエノスアイレス映画祭グランプリを受賞
 
2004年には『誰も知らない』で
第57回カンヌ国際映画祭で14歳だった柳楽優弥さんが最年少で最優秀男優賞を受賞した
2008年には歩いても歩いてもで
第4回ユーラシア国際映画祭 最優秀監督賞を受賞
2011年には奇跡で
第59回サンセバスチャン国際映画祭最優秀脚本賞
第55回アジア太平洋映画祭 最優秀監督賞と
世界でも文句なしの堂々たる成績
 
自分の身近な話題を深く掘り下げ
自分なりの脚本を組み立て
役者ならではの言葉を大切にする
そのことがまさに臨場感や空気のシズル感を観衆に与えてくれる
 
是枝監督は生活の中から題材を選んでいたので
どんな形で国境を超えられるのか不安でしたが
色んな国の人たちがこの映画に中に自分自身がいたと言う感想を聞かせてくれたと言う
 
是枝監督は今までの映画監督とは全く違う
映画だけではなくテレビ番組、CMやミュージックビデオなど活躍する舞台も多彩
しかも優れた脚本も書ける監督はなかなかいない
まだバリバリの50歳
世界から引っ張りだこの日本映画界を代表する監督の1人でもある
前回の受賞では頭が真っ白になって何も覚えていないと言った監督だが
今回の受賞の言葉はとても良かった
私を生んでくれた両親
そして私を父にしてくれた妻と娘に感謝したい
まさしく受賞の言葉も名脚本家ならではの唸るセリフである

ペコロスの母に会いに行く

超高齢化社会の日本
介護問題は痛ましいニュースもあり様々な社会問題にもなっている
現在日本では認知症の方が200万人以上いると言われている
認知症になると
物忘れ、徘徊、妄想、暴言等の症状が出やすくなり
家族は精神的にも、肉体的にも追い詰められていく
私の周りにも
認知症の家族を持ち、悩んでいる人も多い
自分自身のことを考えても他人事とは思えない切実さがある
 
そんな人たちに大きな勇気や希望を与えてくれたコミックがある
『ペコロスの母に会いに行く』 というマンガだ
 
長崎で自費出版したコミックは
増版を重ね、長崎の書店では週間第一位を何度も記録し
6月には本が西日本新聞出版部から全国発売され
NHKでも放送されて静かな反響を巻き起こし
クラウドファウンデングの手法で映画化も決まり
撮影も終了、8月には映画公開も決定している
 
85歳の認知症の母と諸事情により
40歳でふるさと長崎に戻った岡野雄一氏の
心温まる日常のやりとり
認知症を患い、良いことも悪いことも
日に日に忘れていく母(みつえさん)に
会いに行く息子(岡野さん)の日常をさらりと描いたもの
マンガの中の長崎弁の言葉も大変パワーがあって
深く深く心に沁みこんで行く
愛とユーモアと哀しみが
穏やかな波のように心に押し寄せてくる
介護という重い題材を生活の実感を伴いながら明るくユーモラスに
描いていることこそが素晴らしい
病気の家族がいる人たちや
介護生活を送っている人、
介護の世話をされている方たちにも必読のコミックだ
 
ある人から
年を取るとだんだん子供に戻る
ボケると自分の人生で一番良かったころに戻ると言われたことがある
みつえさんの可愛さはこんなことをも感じさせてもくれる
最後の方のヒロコちゃんのエピソードは思わずグッと来てしまった
 
 
 
映画監督は長崎出身のみつえさんと同世代の森崎東監督
同じ時代を生きた世界観が映画の中で
どう表現されるかも楽しみである