唯一無比の西米良サーモン

西米良サーモンと言う名前を聞いたことがある人は多いだろう
宮崎の西米良の山奥で
清らかな水と恵まれた自然環境の中で育まれた
こだわりの魚だ
今や全国に年間一万匹を出荷する
生産量も足りないほどだ
東京のモナリザ、KIHACHIをはじめ東京、大阪、福岡の
有名ホテルなどにおろしている
もちろん味も大好評だ
ある和食屋のご主人から西米良サーモンが素晴らしいですよと
言われ、前から興味を持っていたこともあり
連絡を取り西米良の井戸内養鱒場へ行ってみることにした
 
途中まで迎えに来てくれた専務の濱砂信吾さんが先導してくれた
西米良の村所から椎葉の方へ右折
しばらくして右折、山の方に登って行くと井戸内養鱒場が見えてくる
地下水の水槽
そして横を流れる渓流の水をひいている水槽がいくつも・・・・

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社長の濱砂清男さんは何と飛行機の展示場を作るのだと
なにやら作業中・・・・
あきれるやら驚くやら・・・・
裏の山を削り取ってヘリコプターの発着場も作りましたと
西米良サーモンの前に、こんな話を聞くとは意外性の楽しさでもある
濱砂社長はアメリカでヘリコプター免許を取ったほどの飛行機マニアらしい
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さて西米良サーモンの話に・・・・
最初、宮崎大学の教授から北海道大学の教授をご紹介いただき
札幌に行った
水産部は函館だと言われて汽車を乗り継いで函館まで行って
染色バイオの話を聞き勉強したのが始まり
それから日本全国の水産試験場を訪ね歩き独学で勉強した
まさしく体当たりでの勉強だった
 
サーモンは世界的に言うとひめます系とイワナ系の
大きく2つに分けられる
考えたのはこの異なる2つの種類の交配ができないかと言うことだった
何より根っから熱中する癖がある
最終的に選んだのはドナルドソンニジマスとエゾイワナとの交配だった
色んな事を繰り返し行ったがうまくいかない
たどり着いたのは温度ショックと言う方法
2つの種類の染色体は異なり通年は生存できない
その難題を26度のぬるま湯につけることで温度ショックを与え
交配に成功したのだ
開発期間は20年の長期間を要した
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1994年に初出荷したが当然売れなかった
奥さんと2人で様々なところに売り込みに行った
黒川温泉、東京のホテル、フェニックスなど
黒川温泉の旅館の売り込みに夕方4時頃行って
仕込みの真っ最中だと どなられたこともあったと言う
そんな苦労話をにこにこと笑顔でおっしゃるので笑い話に思えてくる
 
数年前に宮崎銀行の人が訪ねてきて
魚の交配の話をするとこの話は面白い
是非ふるさと創生に募集してくれと言われ応募したところ
採択され、それが新聞に掲載され一気に話題となって行った
いろんな問屋さんからの問い合わせも相次いだ
そこがある意味、西米良サーモンの第2の出発点になったのかもしれない
 
卵から育成、出荷まで一貫生産のしっかりしたトレイサビリティ
そして豊かな自然環境の中で4年間と言う長期育成
あくなき餌の探究と開発(魚の味は水とエサで決まる)
そして濱砂親子の技術と情熱
これらが一体となってこだわりの世界オンリーワンの西米良サーモンを
生み出している
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専務で息子の信吾さんに西米良ゆたーとで
西米良サーモンの料理を御馳走になる
刺身 
臭さが全くなく、歯ごたえと甘みが程よい
押し鮨
この押し鮨もうまいのだが
西米良サーモンの上品さは握りのほうが適しているように思う
サーモン茶漬
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もちろん出汁は西米良サーモンでとってある
さらさらといくらでも入りそう・・・
 
料理を食べながら話を聞く
信吾氏は宮崎海洋高校を卒業後、
日本でも有数の養鱒場である
福島の林養魚場に直接電話をして面接してもらい
直談判した
給料はいりませんから働かせてください・・・・・・
まさしく行動派の熱血漢である
2年間働き、シアトルなどにも行き、仕事も面白くなってきたとき
西米良に帰省した
その時西米良の養鱒場を見てふっと思ったと言う
ここは俺が帰ってやらないとダメだと・・・・・
社長も息子の情熱や営業力には一目置いている
25才の若さでありながらしっかりとして考え方と将来の夢を持つ
注目している市場は世界、特に中国と東南アジアだと信吾専務
 
今や宮崎のブランド魚として全国で注目を浴びている西米良サーモン
オンリーワンの道だから真似ができないのです
自ら考え道を切り開いて進んでいかないと・・・・・
とおおらかに言う濱砂社長
そして後を継ぐ信吾専務のピュアな情熱と心意気
 
西米良の山奥から西米良サーモンで世界を目指す
地域活性化の取り組みでもある
濱砂親子の挑戦を温かく見守っていきたい
 
 

無制限と言うキーワードの金融緩和

政府がここまで経済にかかりあう時代が
いつの時代にあったのだろうか?
いつの間にか金融緩和のキーワードは
無制限と言う言葉になってしまった
資本主義経済とはこんなことではなかったはずだが・・・・・
 
さて世界の9月の金融緩和の決定を見てみよう
ECBのドラギ総裁は8月2日に
ユーロを救うためには何でもすると表明していた
その約束通り
9月6日の理事会でドラギ総裁は
南欧国債(残存期間1~3年)を無制限に買い入れることを表明した
 
ECBは2011年12月、2012年2月と
100兆円にものぼる2回のLTROの市場への資金供給も
その効果は3か月ほどしかもたなかった
 
今回の決定はまさにドラギ総裁の最後ともいえる
ユーロ市場を安定させるための不退転の決意なのだが・・・・
手詰まり感だけが強い印象だ
 
かたやアメリカのFRB
毎月400億ドル(約3兆2000億円)の住宅ローン債権(MBS)を
無制限に買い入れることをバーナンキ議長が9月13日表明した
雇用改善が見込まれるまでは続けると言う決意だ
 
QE1,QE2で約200兆円の国債を買い入れた効果も
市場では限定的であったとの評価しかない
 
日本銀行は9月19日
資金買い入れの基金の総額を10兆円増やし
80兆円としたが買い入れの期限を2013年末まで延長したことにより
実質来年の政策であり、見せ掛けだけのおつきあいの金融緩和となった
市場は一日だけの円安という結果を残した
 
この欧州、アメリカ、日本の金融緩和で
世界の株式市場はリスクオンの状況で堅調だ
アメリカは5年ぶりにリーマンショック以前の高値を奪回
フランクフルト市場も
2008年1月の高値に迫る勢いである
 
しかし冷静に考えてみよう
資本主義のいつの時代に
これだけ政府が市場に莫大な資金を投入して
金融緩和した時代があっただろうか?
逆の観点で見ればそれだけ世界経済は行き詰って来ているともいえる
アメリカのQE1,QE2の200兆円、ヨーロッパ LTROの100兆円
アメリカのGDP約1200兆円の6分の一と言う規模
ドイツ・フランスのGDP  約500兆円の5分の一と言う規模
総額300兆円と言う巨額でも効かなかった世界経済の現実がある
その上でのさらなる金融緩和だ
 
行き過ぎた金融緩和の反動は
必ず大きな津波となって市場に押し寄せてくる
今回の金融緩和もその場しのぎの時間稼ぎでしかない
世界の株式市場は暴落と言う断崖絶壁の上に立っていることを忘れてはならない
暴落のカウントダウンは
イタリア、スペインの国債利率の次の上昇が始まった時がその合図となる
今年の秋は、歴史的にも忘れられない秋になる予感がしてならない
 

パラディソ(宮崎市)

東京の八丁堀にバー・マルと言う立ち飲みバーがある
横の酒屋が同じ経営でワインを買うと
店ではプラス500円で持ち込みができた
店には陽気で美人のラテン系の女性がいて
ツマミもおいしい料理を手軽な料金で食べれるので
大変な人気だった
宮崎でこんな店ができないのかなと思ったのがもう10年以上前のことだ
 
やっと宮崎にもそんなお店ができはじめたようだ
宮崎市の赤玉駐車場の裏の場所に
バールができたらしい
まあまあですよと教えてくれたのが
グルメにうんちくのあるみょうが屋の岩永氏だったので
それならと出かけて行った
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赤玉駐車場の裏手の道の真ん中の路地を入ったらすぐわかる
できたばかりでこぎれいだ
若者2人が忙しそうに働いている
まずはハートランドのビール500円と
アンチョビーのポテトサラダ、トマトのカプレーゼ、タコのマリネ
味もまあまあ良い


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赤ワインを頼む  400円だ、安い
CPも高く、場所柄
待ち合わせのちょい飲みにはぴったりかもしれない
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ヨーロッパにはこんなバールが街中何件もあって
酒飲みには気軽でとても楽しいものだ
こんな店が流行ってくると宮崎の街も活気ずくかも・・・・・・
 
そうそう舌の絶対感覚を持つナオコチャンとヨシリンが一押しの
たたんばーの横のワインバーDemaim(ドウマン)もお勧めだ
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お気軽度  ★★★☆
 
PARADISO
宮崎市橘通西3-7-11
0985-25-0515
無休 
 

好村兼一(剣道八段、作家)

フランスの剣道界で知らない人はいないと言われる
好村兼一八段が宮崎にお越しいただいた
好村先生は東大3年の在学中に
全日本剣道連盟派遣学生指導員としてフランスに渡り
以来42年、パリに在住
渡仏の時は4段、独学で剣道を極め
2002年には日本剣道を学ぶ者の頂点とも言える八段を取得された
フランスでの1人稽古で八段を取った偉業は注目を浴び
剣道再発見と言う書物で稽古法を紹介されている
基本に立ち返るとともに、気や呼吸法を組み合わせ、精神性を重視するというもの
『竹刀を振るのは筋肉ではない、体の芯から出てくる力を、
鞭を振るイメージでしなやかに伝えていくことです』  の言葉はとても深い
 
45歳ごろから歴史時代小説作家を志
帰国の度に古本屋や図書館を巡って勉強されていたようだ
 
2007年に侍の翼で初出版
2009年  伊藤一刀斎 
2010年に 行くのか武蔵  などを出版されている
 
剣道の名人ならではの実践の体の感覚を
ペンに置き換えた戦いの描写の鋭さと深さ
そして達観した考え方は読んだ人の心に深く刻まれる
 
今回の訪宮のきっかけは宮崎県出身の日本武道の多田竜三、恵理子夫妻
ヨーロッパで剣道の普及にあたっている時に
好村先生を慕って、剣道を習ったことがきっかけ

好村先生は影流発祥の地、鵜戸神宮のことは前から興味があったらしく

先生の求めに多田氏が鵜士神宮の写真や資料を説明し
この作品を完成させたのである

影と胡蝶―影流開祖愛洲移香伝ー

 
主人公の

愛洲移香斎(あいすいこうさい)1452~1538は

伊勢・熊野の出身と言われ通称 太郎左衛門
日向国 鵜戸神宮に参拝したところ霊夢を得て
奥義を悟り剣法 影流を創始したと言われている
明国や諸国を武者修行した後、晩年は鵜戸神宮の神職となり
日向守を称したとされている
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この本が出版されたのが今年の2012年だ
多田氏から鵜戸神宮の写真を見せられたり
色んな資料を研究して書かれたようだが
自分の描いた鵜戸神宮が実際とどう違うがあるのか、是非見てみたかったと言う

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好村八段VS多田六段          好村先生
 
想像以上の素晴らしい神宮でした
しかもほぼ私の予想していた通りでしたと好村先生
鵜戸神宮では好村先生と多田氏の剣道の形も披露されたよう
ご案内いただいた
本部宮司や三つ和荘の和田社長も大変喜ばれたよう
 
先生、多田夫妻と食事をさせていただいたが
謙虚で礼儀正しく、心優しい方だ
偉ぶるところがなく、自然にすっと会話に入っていけた
小柄ながら心が豊かで大きな方だった
 
この本のあとがきが興味深い
好村先生はフランスで平沢淑子さんと言う画家と
10年以上前に知り合いになり
平沢さんが愛洲移香斎 直系の19代目の御子孫と知って
大変驚いた
まさか私が、しかもパリで影流開祖の直系御子孫に会おうなどとは・・・・・
文化剣道普及に努める者として冥利に尽きる
と書かれている
 
この作品は好村先生によって
今のタイミングで書かねばならなかった天命の題材だったのではないか
と言う気すらしてくる
宮崎の鵜戸神宮はこの作品を契機に剣法発祥の地として
世界の多くの剣道愛好家にとっての聖地となってほしいものだ
 
離れることで見えてきた日本の良さ、剣道の良さがあると好村先生
これからもフランスで剣道と日本文化の普及に頑張っていただきたいと願っている
 
 
 
 

アルケッチァーノ(山形・鶴岡)

9月23日 宮崎で開催予定だった
奥田シェフの食と酒のプレミアムマリアージュの会を
悩んだが延期することにした
13日奥田シェフが緊急入院して
21日に手術の可能性が高いことの連絡があったためだ
 
宮崎の会のチケットはすでに完売しており
出羽桜、獺祭の2つの蔵元のスケジュールや印刷、食材の件など
色んなリスクもあったがあえて今回は延期することに決めた
体調が万全でない人に
料理を作っていただいての感動こそが安易だと考えた
蔵元の仲野社長、桜井社長も快くご了解していただいた
ご参加の御予定だった方々へあらためてお詫びを申し上げます
 
その後奥田シェフからも
本当にすいませんとのご連絡があったが
日本の料理界でも将来を嘱望される人だけに
是非体調を万全にしてから再トライしてほしいとの言葉を送った
奥田シェフには少しスケジュールを調整しながら
これからは体調管理にも気を付けて再トライして欲しいと願っている


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さて今日は先日お伺いしたアルケッチァーノのイタリアンをご紹介したいと思う
 
庄内麩と北海道の生秋刀魚
庄内麩のパリパリ感と生秋刀魚の風味が良い塩梅
お酒はもちろん
酒はスパークリングの獺祭50
喉越しの爽やかさが魅力だ

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特産きゅうりと蟹
きゅうり巻の盛りつけが意外性、カニの甲羅が見た目のインパクト
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稚鮎となすび
意外な取り合わせが奥田流で新鮮
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日本酒は出羽桜の山廃へ・・・・   庄内えびのリゾット
 
この料理はえびの出汁がしっかりリゾットに出ていて美味だ
出羽桜とよくあう
奥田さんに言わせるとこの料理はお燗にとっても良く合うと言われていた
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アマダイと水菜            店内
 
牛と羊のロースト
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最後はダダ茶豆のパンナコッタとロールケーキ
ダダチャ豆の濃厚さが絶品だった
 
料理の盛り付けのセンスと彩り
食材の面白さと取り合わせの意外性
まさしく食の宝庫庄内を堪能できた食事だった
奥田シェフのルーツ アルケッチァーノには
四季折々の食材から生み出される
オリジナリティあふれる料理がふんだんに用意されている
全国から奥田シェフをしたって集まったと言う10数名のスタッフだが
お客様の立場になってみると
奥田シェフのいる時といない時の満足度の差が少し気になった・・・・・
 
食材度  ★★★★☆
 

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TSUKEMEN宮崎コンサート

9月13日宮崎市オルブライトホールで
TSUKEMENコンサートが開催された
チケットは完売
初の宮崎でのコンサートは全国でも評判が良いものの
観客の反応が気になっていた
 
TSUKEMENのスタッフはソラシドエアでお昼宮崎入りし
入念なリハーサルのあと
本番を迎えた
観客は圧倒的に女性客が多い
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一部は抑え目に終わったが
二部の盛り上がりが凄かった
特に自分たち個人個人のオリジナル曲を演奏したシーン
神林(しんりん) TAIRIKU
たんぽぽ   SUGURU
夢の中へ   KENTA
はそれぞれの個人の特徴が良く出ていてとても印象に残った
 
そのあとのスターウォーズは通常120人編成のオーケストラで
演奏する音楽を3人で演奏すると言うもの
音もしっかり出ておりTSUKEMENの実力をしっかりあらわしたものといえる
この演奏には観客の方も感動された方が多かった

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 エンディングのエルドラドからアンコールへ
アンコールの最後の演奏 スペインでは手拍子も出る盛り上がり
終了後用意したCDのエルドラドは完売となった
サイン会は長蛇の列
お帰りの観客の顔が笑顔ばかりで
このコンサートの大成功を表していた
 
交通協力のソラシドエアをはじめ
一緒に主催をしていただいたRKK熊本放送の川村さん、牧野さん
チケットの販売にあたっては全面的なバックアップ体制をしていただいた
柴田先生、さだまさし後援会のかすみさん、
そして甲斐さんをはじめとするKENTA君の親族の皆さん
ご協力本当にありがとうございました
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柴田先生とかすみさんとメンバー
来年の4月には東京サントリーホールの2000人のコンサートも予定されている
更なる飛躍が期待されているTSUKEMEN
東京スカイツリーの高さぐらいの世界のてっぺんを目指したいという
TSUKEMENのメンバーの意欲は大きな可能性を秘めている
 
来年また宮崎TSUKEMENコンサートでお会いしましょう!!

食の都・庄内の在来野菜

宮崎から羽田経由で庄内へ・・・・
空から眺めると水田地帯が見渡す限り広がり
庄内浜の穏やかな日本海が見える
そして遠くには羽黒連山の山々
まさに海と山と大地の恵みがぎゅーんと詰まった食の宝庫が庄内だ
 
今回は宮崎で食のイベントを行う奥田シェフとの打ち合わせがメインだが
奥田さんには庄内の在来野菜もぜひ見たいとお願いしている
レンタカーを借り
早速アルケッチァーノへ
場所は鶴岡駅からも20分ほど離れていて
お世辞でも良い場所だとは言えない立地のレストランだが
2時過ぎとはいえ駐車場も大混雑のお客さんの数
相変わらずの繁盛ぶりだ

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奥田さんを訪ねると隣のイルケッチァーノへ案内される
山形放送の取材の真っ最中
在来野菜を使ってのイタリアンの収録・・・・
お店を初めた当初からのおつきあいをしている放送局だとか
そのほか朝日新聞の取材
色んなお客さんがいらっしゃって声をかけるのも気がひけるほど
 
テキパキと処理されてさあ行きましょうと奥田シェフ!
あねちゃと言う産直の店です
トタン屋根の古ぼけたお店だがこの店が侮れない
在来野菜を早く安く集める店として注目されている
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奥田さんの東京のサンタンデロもこの店から野菜を取っているほど
かんぴょうの原料となる夕顔
みずき
だだちゃまめ
この豆がおいしかった
香りが良く栗のようにほくほくとした食感が際立っている
など面白い野菜が充実している
 
秋になるとまだまだいろんな野菜が出回ってくるらしい
藤沢カブ、平田赤ねぎ、温海かぶ、小真木大根、平核無(ひらたねなし)
このお店にはまた来たいと思う
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次は在来野菜の代表的な藤沢カブの生産者のところへ
朗らかで明るい後藤勝利さんは71歳
元気だ!!
後藤さん夫婦は平成元年近所の渡会さんから
絶滅寸前の藤沢カブの杯一杯の種を託された
それを24年間懸命に守り育み育ててきたのが後藤さんだ
山奥の水はけのよい場所で伝統的な焼畑農法によってつくられてきたカブ
焼畑を見せてもらった
種を蒔いたばかりだと言う
焼畑の一角にアルケッチァーノの看板もあった
在来野菜の生産者との深い信頼関係こそが奥田さんの料理を表している
奥田さんがいなかったら藤沢カブはここまで守れなかったと
後藤さんが笑顔で言う
原木を切り焼き畑に火をつけ種をまく
その過酷な作業をほとんどご夫婦でされている
 
藤沢カブは傾斜地で栽培されるため
穏やかな九の字に曲がり
上は薄いピンク、下は白の愛らしい形だそうだ
パリッとした歯ごたえとみずみずしさ
柔らかな甘みと独特の辛味が特徴らしい
残念ながら今回の宮崎の食の会には間に合わない・・・・
これは次回の楽しみにとっておこう
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藤沢かぶのイラストのお皿が可愛い
さてイルケッチァーノに帰って打ち合わせ
奥田さんが日本酒のテイスティングをしっかり・・・・・
そして宮崎から持って行った食材のチェックも行い
ほぼ宮崎の食の会の酒メニューと料理メニューの組み合わせが決まった
9月23日は是非ご期待ください!
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CCTVの勢い

いつの間にか世界のいろんな国々でCCTVの勢いが増してきている
CCTVとは中国中央電視台のことで
ここの局長は中国政府の官僚でもある
そんなメディアだから中国国家の方針を
テレビとして世界に伝えることを主眼として作られた放送メディアと言っても良いだろう
 
最近特に東南アジアの国々を訪れるとわかる事だが
ホテルのテレビをつけると
CNN、BBCワールドそしてCCTVの英語放送が必ず放送されている
逆に日本のニュースや情報がどんどん少なくなっているのを肌で感じる
日本はアジアにおけるテレビの情報戦争でも
後れを取ってきているのをとても実感してしまう瞬間でもある
 
なぜ中国はこのようにテレビメディアで
世界に情報発信する必要性を感じるのだろうか?
すこし歴史を振り返ってみよう
2000年ごろまではテレビは先進国とくにアメリカ、イギリスの
独壇場であった
CNNのニュース、BBCワールド
これが世界の情報のすべてであったと言っても良かった
そしてその情報は先進国の国益を優先した情報で有ったともいうことができた
しかし2001年のテロ以来
中東のアルジャリーラは注目を浴び中東のCNNと呼ばれるようになる
発展途上国のメディアはそれまで先進国のメディアの影響力の下に有った
それをアルジャジーラは中東の声として
世界に情報発信することに成功したのである
これはテレビメディアにとって画期的なことになった
 
中国はこの出来事でテレビメディアの
国際政治を動かす可能性を明確に見出したのかもしれない
そして情報戦争の大きな柱をテレビメディアに求める動きを加速させる
その先兵となったのがCCTVである
中国は文化的なソフトパワーを強化し文化を積極的に配信することにより
よりイメージの改善と世界の世論を意図的に有利な方向へと
運ぶメディアとして国際的な一流メディアを目指し始めた
 
英語を中心とする国際放送だけではなく
国連公用語である6か国語での世界各国での放送
200以上にも及ぶ海外の主要メディアとの共同での番組制作などを含めて
積極的に展開している
海外メディアの番組制作力の吸収や考え方の勉強だけではなく
目標は中国独自の視点とブランド力の構築そして刷り込みである
 
2013年1月ケニアのナイロビに
CCTVは大きな放送センターを作った
生放送を毎日一時間アフリカの情報を放送している
来年からは2時間に拡大する
ナイロビには75名が勤務、アフリカには14支局を置くと言う規模の大きさだ
CCTVの生放送はアメリカのワシントンとナイロビの2か所だけ
ワシントンは100名体制と言うのだから
いかにアフリカを重要視しているかがこのことからも理解できる
 
一方日本のメディアはどうだろうか
相変わらず日本の政局ばかりの報道が目立ち
世界のメディアがどういうことを伝えているかを
全く無死しているのか、意識していないのが今の現状だと思う
日本は将来世界でこうあるべきだ
そのためには日本人は何を勉強し何が必要なのか?
その認識が少し政府、メディア、国民共に薄いように思う
 
中国は自らの世界戦略のため情報戦争に大きな力を入れはじめている
CCTVは中国の外交戦略と連携を取り
情報発信を先進諸国から徐々に
アフリカの発展途上国へと大きくシフトしている
資源戦争、食糧戦争が近未来に起こる可能性も大きい
その意味でも
CCTVと言うテレビメディアを効率的に活用して
中国は発展途上国における政治的、外交的主導権を握ろうとする
したたかな戦略を持っていることがわかる
 
かたや日本はどうやって世界の世論を味方につけていくのだろうか?
尖閣列島問題でも明らかになったが
CCTVのリピート放送は
世界の世論を中国に有利に運ぼうとする意図がうかがえる
情報戦争でも残念ながら
戦略も含めて、日本にはなすすべがないと言ったのが現状だ

ジムトンプソンの情熱

1906年生まれのアメリカ人がタイをこよなく愛し
タイシルクと言う伝統文化を洗練されたものに仕上げ
世界中にタイシルクと言うブランドを知らしめた
 
その人の名前はジムトンプソン
一度は聞いたことがあると言う人も多いかもしれない
第2次世界大戦前までは建築家としてアメリカで働いていた
34歳の時にアメリカ陸軍に志願してヨーロッパで従軍した
第2次世界大戦終了直前にタイへ・・・・・
情報将校としてタイに派遣され退役するまで
バンコクに勤務しオリエンタルホテルの経営などを手掛け、タイに永住した
特にタイシルクの手織りに興味を持ち
私財をなげうって普及に力を注いだ
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建築だけではなくデザイナーや染色家としての才能も豊かで
彼独自のプリント模様のタイシルクを生み出し、
タイシルクを世界的なものに広げていったいわばタイシルクの王様ともいえる
 
ジムトンプソンは1967年3月26日に
マレーシアのキャメロンハイランドで休暇中に
忽然と失踪した
その行方はいまだ誰にもわからない
松本清張はこの事件をヒントに熱い絹と言う小説を出した



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彼が住んでいた家がバンコクのナショナルスタジアム付近にある
街の中心地でありながら緑が豊かでほっとできる空間だ
入場料は300円程度だが
じっくりとみる価値がある
ジムトンプソン氏は住まいをを見ると建築家としての才能だけではなく
アジア美術の収集家としても独自のセンスを感じることができる
入り口に仏像が飾ってあったが
昔の仏像は頭に宝が隠してあったようで
そのために頭がないのだそうだ
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ダイニングのテーブルは麻雀の机を2台くっつけたもの
椅子は彼のオリジナルのデザインである
リビングからは大きなねむの木が見える
大きなねむの木の向こうは運河になっており
運河の向こうでシルクを織らせ運ばせていたのだそうだ
そんなことを考えると
この家から見るタイの風景はなおさら感慨深い
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書斎だけは彼が毎日夜遅くまで仕事をしていたので
あの時代でもクーラーをつけていたようだ
ある部屋には真正面に古伊万里の焼き物が展示されていて
アジアのいろんな国々の美術収集品のセンスの良さも
存分に味わえる
豊かな緑と建築家のたぐいまれな才能とセンス
 
タイシルクにかけたジムトンプソンの情熱を時を超えて感じることができる
バンコクに行かれた際は
一番お勧めの癒しのスポットである

マンゴの誘惑

タイと言うと一つのワードが私の頭を駆け巡る
そのワードはマンゴだ

そのマンゴも2種類のマンゴが私をタイに誘惑する

 
一つは果物の女王と言われるマンゴスチンだ
トロピカルフルーツで有名なタイだが
昔一度食べて一発で虜になってしまった
エンジの果実を割ると
真っ白な実が現れる
しゃぶるように食べると上品な甘さが癖になる
この果物の旬は5月から9月ぐらいまで・・・・・
タイに出かけたら一度は食べたい果物だ

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白い実がとても甘くて上品
 
さてあと一つのマンゴは
バンコクにあるマンゴタンゴのお店の味だ
私は数年前からこの店のファンだ
現在はバンコクの中心地サイアムのノボテルホテルの横に小さなお店がある
この店の看板メニューのマンゴタンゴが素晴らしい
フィリピンマンゴーを使用して
フレッシュマンゴーとマンゴープリンとマンゴーアイスの3点セットが
一皿に盛りつけられて出てくる
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食べると
濃厚な甘さとさわやかさが口中をぐるぐる回る
贅沢な一皿だが何と価格は日本円で360円程度
あまりの安さとうまさは嬉しい驚き
この味は宮崎でもチャレンジして欲しい味だ
 
こんな2つのマンゴが食べられる幸せがバンコクにはある