横須賀ホッピークルージング

東京以外の都市でも
良くホッピーの看板や上りを目にすることが多くなった
低糖質、低カロリー、プリン体ゼロというから
オジサン族からOLまで人気なのだという
昭和などのレトロブームも後押ししているという
発売は1948年というから
もう70年近くたっている低アルコールの飲料なのだそうだ
 
今日はホッピーの本場
横須賀に遊びに行った
まずは駅前の中央酒場へ
三冷ホッピーを頼む
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三冷とは焼酎25度とホッピーとジョッキを冷やし
まず焼酎から入れホッピーを注ぐのが正当な三冷ホッピーのようだ
焼酎もキンミヤでないといけないのが通らしい
グビッと飲む
思った以上に爽やかでおいしい
ツマミは名物しこ刺しとコロッケ
しこ刺しは新鮮
コロッケはそれなりだ
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次はぎん次
年季の入った店内でお客は静かに酒を飲んでいる
ここでは黒ビール
ツマミは湯豆腐ともつ煮
湯豆腐は良いがもつ煮は今三の味
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お燗をもらう
お酒も少し甘すぎる
タイムスリップの気分を味わうのは良いが
いかんせん食べ物、飲み物が良くないと魅力は半減する
さっと立ってお勘定と言って店を出る
 
さあ本命の場所へ
興津屋だ
5:30から2時間だけの営業だと言う
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がらりと開けるとここもレトロな空間が広がる
無愛想なおばあちゃんが・・・・
誰もお客がいない
まずはホッピーを頼みカウンターに座る
ただ個人的にはとても落ち着くお店だ
せりのおひたし、つわの煮つけを注文し
ホッピーを飲みながらおばあちゃんと話を・・・・
 
静岡の酒を売るために酒屋として昭和2年創業
先代は横須賀は坂が多いため
配達が大変だからと居酒屋に転換し
今のおばあちゃんが受け継ぎもう50年だそうだ
ここはホッピーを出した発祥の場所とも言われているそうだ
 
空母ミッドウェーが来航していた
昭和50年までは米軍の兵隊さんは町でも制服だったが
それ以降カジュアルな格好で街に出ることが許された
そのころから昭和60年までは本当にお客さんは外人が多かった
大部分は良いお客さんだったが悪い人も中にはいた
そのため結構グラスもわれた
ほとんどお金を払わずにそのまま帰った
そのために貼った英語はこれだ
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ここにくるお客さんはほとんどが男性
常連さんがほとんどのようだ
その都度おばあちゃんがよいしょと腰を上げ注文を取りに行く
 
お酒を飲まないぶっきらぼうなおばあちゃんだがとっても味がある
雰囲気のあるお店だ
古いのと酒屋としての建物だけに
毎年保健所の検査が大変になっているとおっしゃっていた
 
また来るのでそれまでは元気で頑張って!と声をかけて
店を後にした
 

地方創生ーみやざきー

11月5日地方創生の理念を盛り込んだ
『まち・ひと・しごと創生法案』など地方創生関連2法案が
衆議院で可決された
 
この法案はローカル・アベノミクスとも言われるもの
アベノミクスは日銀の金融緩和で
円安、株高を誘導
富と人の東京への一極集中を招き
大企業優先だと指摘されている
 
地方でローカル・アベノミクスを展開しようと言うのが
今回の法案の趣旨である
ただ来春の統一地方選挙を考慮したばらまきだと言う声も多い
人口減少と地域経済の悪循環を断ち切ると
気合だけは入っているが具体策に乏しい
若い世代の地方移住促進と
中高年世代の都市と地方の2地域居住推進などがあげられている
 
さて11月8日の日本経済新聞の春秋に岩切正太郎さんのことが出ていた
すこしご紹介したい
 
観光宮崎の父と呼ばれるのが大正の末に
バス会社の宮崎交通を創業した岩切正太郎だ。
遊覧バスを始め、日南海岸にサボテン公園やフェニックスの並木を作って
新婚旅行客を集めた。
今で言えば地方創生。
原点は新渡戸稲造との出会いだった。
農学者、教育者として有名になっていた新渡戸が宮崎を講演に訪れ
岩切少年は学校の先生に許しをもらって聞きに行った
頭に焼きついた話があった
『豆腐は非常に良い蛋白源だ。日本人がいい体格になるには
もっと豆腐を食べないといけない。
私は大学者になるか、豆腐屋になるか、一生懸命考えたことがある』
 
あらゆる仕事に意義がある
東京に出ていくばかりが能ではない
地方にいても十分に生きがいが見つけられるようになると思うようになったのは
豆腐の話からだったと、岩切はあとで振り返っている
遊覧バスの事業ではガイドの説明用の原稿を書き
バスの出発も自分も手を振って見送った。
社長自らサービス向上の先頭に立った。
 
・・・・・・・・・
肝心なのは自分は地方で頑張りたいという人を
どうやって増やしていくかだろう
子供の頃の出会いや学びも大切だと、観光宮崎の父は教えている
 
 
宮崎の産業の大きな柱は観光だ
その観光の担い手だった2つの企業は相次いで破たんする
1987年のリゾート法成立で官民一体となって設立された
シーガイアリゾートはサミット直後の2001年2月2762億円の債務を抱え
会社更生法を申請
宮崎交通も2005年1月産業再生機構の支援が決定した
宮崎にとっては観光という重要な分野で
大きな痛手をこうむってしまった。
 
今回の地方創生
破たんの学びをどう成長に変えていくのか・・・・
宮崎も新たな次元での地方創生のアイデアが求められている
太陽の恵みを浴びたフードアイランドをどうアジアや外国に展開していくか
太陽の恵み有っての滞在型のスポーツやレジャー
安心、安全の住みやすい医療や介護の充実したシルバーリゾート
体験、研修型の農業、林業、水産業のグリーン&シーツーリズム
その中に移住促進のヒントがあるように思える
様々なアイデアの中から第2の岩切正太郎が出てくることを期待したい
それが真のローカル・アベノミクスのシンボルとなる
 

dolce&cafe 木の実(串間)

日南で最初のマルシェを開催した時に
知り合いになったのがきっかけ!
大束の甘藷を使った手作り菓子は素朴ながらも
上品で全国でも通用するお菓子だった。
 
自宅のアトリエでカフェを営業していたのだが
新店舗をオープンさせたと聞いたのが3年前ごろ
そんな風の便りだけは聞いていたが
なかなか行く機会がなかった
 
今日は日南で打ち合わせのついでに串間までドライブ
木の実の新カフェを見に行ってきた
前の自宅からほど近い場所に・・・・・・
おしゃれな看板が目印になる
看板を過ぎて細い路地を突き進むと新しいカフェが・・・
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思った以上にでかい建物
ここは昔はクヌギの林だったそうで
家族は蚕を飼っていたのだと言うことだった
 
ここから見渡す田園風景は心を和ませる
甘藷の畑や茶畑が一面に広がっている
 
店主の世良田真由さんにお話を聞く
お菓子は一人で一から手作りを心がけている
毎日数種類がお店に並ぶ
現在は金曜から日曜までの営業だと言うことだ
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 今日はケーキセットを注文
お菓子の味は素朴で昔のまま
プリンがとても美味しい!
 
趣味は自転車
様々な自転車イベントにも積極的にサポートされているよう
来年の春開催予定の
グレイトアース宮崎ライドの応援にも来ていただきたいと思っている
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是非串間に出かける時があれば
木の実でゆったりお茶の時間をとられることをお勧めする
この空間は心の贅沢だと思う
行かれる時は前日までに電話しておくと間違いない
 
 
 
田園度   ★★★☆
 
dolce&cafe 木の実
 
宮崎県串間市大字大平5892-52
0987-74-2884
金土日営業
11:00~17:00
 

二十四節季

年と共に自然の移ろいを肌で感じるようになった
早朝の散歩をするようになったせいかもしれない
 
おかげで以前よりも季節の変化を
体全体で感じれるようになった
木々の緑
日の出の太陽の雄大さと美しさ
初夏の小鳥のさえずり
風に感じるさりげない四季
キラキラと輝く海
そして早朝の残月
宮崎の豊かな大自然はまさしく花鳥風月を体感させてくれる
東日本大震災後
改めて自然に感謝しながら生きていきたいと思うこの頃だ
 
古来から伝えられてきた二十四節季は
農業と切り離すことができない用語であり暦である
太陽の軌道(黄道)を24等分にしたものだが
言葉自体が日本古来の美しい日本語だ
 
日常的な言葉も多いのだが
私達にとてもなじみがない言葉もある
そんな言葉を少しご紹介・・・・・
 
2014年
小寒   1月5日
大寒   1月20日
立春   2月4日
雨水   2月19日
啓蟄   3月6日
春分   3月21日
清明   4月5日
穀雨   4月20日
立夏   5月5日
小満   5月21日
芒種   6月6日
夏至   6月21日
小暑   7月7日
大暑   7月23日
立秋   8月7日
処暑   8月23日
白露   9月8日
秋分   9月23日
寒露   10月8日
霜降   10月23日
立冬   11月7日
小雪   11月22日
大雪   12月7日
冬至   12月22日
 
 
雨水 (うすい)  降る雪が雨と替り水となる
啓蟄 (けいちつ) あたたかくなり大地から虫が出てくるころ
清明 (せいめい) すべてがすがすがしく明るく美しい
穀雨 (こくう)    田畑の準備ができ、それに合わせて雨が降る
小満 (しょうまん)  草木が成長して生い茂る頃
芒種 (ぼうしゅ)   植物の種をまくころ
 
この二十四節季の言葉をかみしめるだけでも
活き活きとした農業の姿や
美しき日本の原風景が現われてくるようだ
 
少子高齢化の日本だが
将来、担い手の無い荒れ果てた農地だけは見たくない!
日本人の叡智で自然に感謝し、農業と風土を守ってきたいと切に思う

神馬(しんめ)上野敏彦著

前からうわさに聞いていた
京都の名居酒屋の神馬に行きたいと
一度京都駅に降り立ったことがある
駅から30分ほどの西陣でおり、お店の風格に圧倒された
しかし中に入るとじんわり落着き
6種類の特製ブレンド酒のお燗ときずしを楽しんだのが
良き思い出だ
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その神馬を題材に
共同通信・編集委員の上野敏彦氏が本を出版した
題名は神馬(しんめ)ー京都・西陣の酒場日乗ー
編集員となって忙しい毎日なのに
休みを利用して定期的に
取材に京都に行っていたようだ
この熱心さと言うか作家魂にも頭が下がる
 
上野さんは元共同通信宮崎支局長
彼にとっては酒の3部作の完成かもしれない
神亀を描いた闘う純米酒
宮崎の都農ワインを書いた闘う葡萄酒
そして今回の神馬
これで日本酒,ワイン、居酒屋の3部作となる
目の付け処も渋く上野さんらしい・・・・
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さて内容は
居酒屋の世界遺産とも言われる
神馬(しんめ)を核にして
京都、西陣の風情や人々の交流
そして京都の割烹にも負けないツマミの数々を
作者ならではの細かい観察眼でじっくりと取材して書いている
 
お店があるのは2条城駅から歩いて20分ほどの
西陣千本中立売
 
少しご紹介
 
日本の着物産業が華やかだった
昭和30~40年代
東の新京極が銀ブラだとすると
西の千本中立売は千ブラといっていたほど
歓楽街が多く華やかだった
 
歌手の都はるみ一家も京都で織物を織る仕事をしていた
父親は良く神馬で飲んでいたようだ
都はるみは平成17年に神馬に訪れ
私の父がどういう飲み方をしていたのか知りたいと思ったのです
私も57歳になりました
と言ったのをご主人の酒谷さんがよく覚えているそうだ
 
京都の出版社 淡交社の編集者神野慎一郎は
神馬に初めて来た客は3回驚くと言う
一回は古色蒼然とした雰囲気に
2回はその値段の高さに
そして3回はその値段の安さに・・・・
 
この言葉は言いえて妙である
私も少なからず居酒屋なのに価格の高さに一瞬驚き
食べてみて価格の安さに驚いた一人でもある
 
ツマミは垂涎のメニューが並ぶ
それを仕切るのは2軒の料理屋修業から
父芳男のがん入院が元で帰ってきた酒谷直孝氏
 
ぐじ、のどぐろ
鱧と松茸、かに、ししゃも、おでんなどなど
ツマミのこだわりも大変興味深い
詳しくは本を買って楽しんでください
 
食と酒の好きな方にはこの名居酒屋の歴史を通して
又違った京都を
知ることに損はない!