挟土秀平(左官)

日本の伝統を今に伝え、世界が注目する
土壁にこだわる左官業界の異端児
挟土秀平(はさどしゅうへい)
1967年生まれ
 

土壁
日本の家屋の壁は古来からずっとそこに住んでいる場所の土で造られた
そして実りをもたらしたあとの乾いた藁を一緒に塗り込めば
藁の繊維質が泥を繋ぎ止めて丈夫に長持ちする
呼吸する壁  それが日本の土壁であった
 

1962年左官職人の2代目として飛騨高山に生まれ
高校卒業後熊本で修行
1983年には技能五輪の左官部門で優勝
父の会社挟土組に入社
父の引退後、悩んだ上に土にこだわりたいと2001年独立し
職人社 秀平組を設立する
 
独立したときは何の仕事も計算もなかった
あるのは培った経験とあくなき情熱だけ・・・・・
まさに倒産と夢とが同時進行だったと言う
ほぼ1年間何の仕事もなかった
ただ有り余る時間で色んな土を探し土壁の試作を何度となく繰り返した
 
飛騨高山で地域活性化の2つの大きな仕事が大変な非難を浴びる
白壁に大きな縄文土器を描き
景観の問題で街を真っ二つに割る議論に・・・・
蔵の土壁の修復に壊れた部分をそのままに修復して再生したこと
なんていう修復をやってくれたんだと・・・・
挟土は言う
時を再現したかったのだと・・・
今ではどちらも観光名所になっているようだ
 
こんなリスキーな仕事を平然とやってしまう挟土は
面白い左官がいると噂が伝わるようになる
そんな挟土に東京からオファーが舞い込む
東京タワーの近くのレストランの内装だ
2000枚以上の土壁
その1枚、1枚がすべて微妙に違う
挟土渾身の気合を入れた力作だ
この仕事が挟土の発火点となる
 
2007年 東京ペニンシュラホテルの結婚式場の内装
2008年 洞爺湖サミット
2009年 土と太陽 の展示会 (東急文化村)
 
今日本で一番忙しいと言われる左官職人
挟土秀平は
土が一番大切だという
挟土の師匠は山の自然だ
山を隅々まで歩き、山と対話し、どこのどの色の土があるかをすべて知っている
赤色、紺色、黄色、緑・・・・・・
天然の土と水で作る、ほかには絶対ない土壁
あらゆる水と風の中で時を味方にしながら
到来するのが土壁だ
 

情熱と風土を土に塗りこむ事を重ねるごとに挟土は進化し続ける

日本本来の風土を生かしながら自らの信念で日本の心を
異次元の世界で表現し創造していく挟土秀平の生様に共感を持つ
更なる飛躍が楽しみだ!