飯尾和樹のずん喫茶(BSテレ東)

街から、どんどん喫茶店が無くなっていく

そんなことを肌で感じだしたのは何年前からだろう

 

以前からスタバやドトール、コメダなど大手コーヒーチェーンが

どんどん出店を重ねるだけでなく

コンビニが安価なコーヒーを提供する状況では

上からも下からものサンド攻撃で

喫茶店も大変だろうとは思っていた

 

宮崎の街でも純喫茶が姿を消している

宮日会館にあったサンドロ

山形屋の裏にあった名店のジャマイカ、

あるいは県庁楠並木通りにあったラクガキなどは

宮崎のコーヒー文化を象徴するものであったのではないだろうか

コーヒーは街の文化だと思う

ゆったり街の文化を味わえる喫茶店が全国から淘汰されている

 

そんな思いを感じていたのだが・・・・

飯尾和樹のずん喫茶(BSテレ東)が私にぴったりはまった

個性的な喫茶店を飯尾和樹が訪ねていき

彼独特のキャラでその店の人や特徴をやさしく引き出していく

サンドウィッチは断面を愛でてから食べるんですと

芸能界一の喫茶店通の飯尾和樹は話す

彼の喫茶店愛が生み出す目線がほのぼのと優しく

番組を温かいものにしている

 

最後にポラロイドで撮った一枚に

一言加えるメッセージがとても良い

この番組で

全国の街に喫茶店の復活の一助になれば幸いである

けんちゃん農園の子供農家プロジェクト(日向夏収穫)

綾のけんちゃん農園と言えば

自然栽培で有名な農園だ

土づくりに時間をかけ自然栽培の基礎を作りあげ

大豆やニンニク、玉ねぎなど綾で精力的な農業活動を行っている

そのほか子供農家プロジェクトとして興味のある家族を呼んで

定期的に種まきや収穫をはじめ納豆づくりなどもされている

さて今日はけんちゃん農園の杉木賢一郎さんが

子供農家プロジェクトの一環で日向夏の収穫体験をするというので

綾にお伺いしてみた

けんちゃん農園に行くと寒いにもかかわらず

すでに10家族以上の家族が集まっている

そこから歩いて5分ほど日向夏の畑に到着

杉木さんからの説明は

実は昨年まで有機栽培の日向夏を栽培していた畑を譲り受け

自然栽培へ移行している段階

だから草もたくさん生えている

その理由は草からも今までの残留肥料を吸い取ってぬいてもらうためだそう

柑橘類は自然栽培が難しいそうだ

全国でも自然栽培の果樹栽培を行っている人はとても少なく

九州では熊本で一人されているだけだと・・・

綾のほんものセンターでは金印、銀印で

有機栽培の印をつけているのだが

日向夏は付いていない

それほど果樹栽培の自然栽培は難しいからなんですと言われていた

説明の後は、はさみと袋を持って40人以上の人々と収穫体験

家族で日向夏の収穫を体験できるとっても良い機会だ

大自然の中での収穫体験は

子どもたちにとっても大変楽しそうだ

採れたての日向夏を食べると

また格別の美味しさだ

自然栽培という原点に立ち返って様々な努力をされている

杉木さんのもとに

宮崎でもファンが静かに広がりつつあることを嬉しく思う

nicol cafe&zakka(綾町)

綾町の吊り橋に行く途中の橋を渡り、左に曲がり進んでいくと

行き止まりにある大きな家がカフェニコル!

知り合いのカメラマンが携わったというので出かけて見た

玄関の扉を開け店に入る

雑貨やゆったりとしたカフェスペースが目に入る

入り口で注文をしてシートに座る

大自然を感じながらゆっくりできるくつろぎの空間だ

カフェラテもラテアートが可愛い

食事はキーマカレーにしてみた

カレーの味もサラダも残念だ

綾だけにもう少し綾らしい食材を出して欲しい

カレーももう少し工夫とこだわりが欲しい

テーブルの小冊子を見てみると宮崎出身の女性が

Uターンしてこの家を買ったこと

お店がオープンするまでの経緯など書いてあり面白かった

2Fがその人のアトリでもあるそうだ

 

コーヒーを飲みながら日頃のストレスを発散できる

特に女性には嬉しい豊かな空間である

大自然度 ★★★

 

nicol cafe&zakka

綾町大字入野598−7

0985−77−2622

11:00〜16:00

平野隆章監督インタビュー(発酵する民)

宮崎キネマ館で上映中(2月11〜24日)

の映画「発酵する民」の平野隆章監督に話を聞いた

 

映画の内容は

鎌倉で原発反対のパレードが起点となって

発酵グループを中心に結成された鎌倉イマジン盆踊り部

歌を作ったり、踊りの振り付けを考えるなど

様々な活動をする中で酵素風呂、味噌作り、パン屋、蔵元など

様々な発酵の民が登場してイベントを創り出していく

出演者がとても楽しそうで生き生きしている様子が印象的だった

是非 発酵の興味のある方はご覧いただくと幸いです

 

何故この映画を撮ろうと考えたのか?

平野監督は原発事故の後

人々の食に対する意識ががらりと変わった

食を大事にすればするほど

発酵というキーワードが心の中で大きくなっていたと言われていた

 

撮影を続けながら

自らの住所を横須賀から鎌倉に変えた

撮影をする中で

発酵することを仕事にしている人は

私たちと時間軸が違うのだということも教えてくれた

それは発酵とは自然が行うものだから

私たちの通常の基準通りのタイムスケジュールと

全く異なる世界があるのだとようやく理解できた

 

フェルメンテーション(発酵)という言葉は

沸騰する、とも言われる

映画の出演する人、人が沸騰していて生き生きとしていた

それは、まさしくそれぞれが発酵していたのだと確信する

 

撮影は7年という長さになった

出演された瀬能笛里子さんは舞台挨拶で

この映画のキーワードは円だといわれていたのが面白かった

人間の縁、盆踊りの円、塩炊き祭りの塩

円と縁が結び合い人と世界が広がっていけば良いと

 

   平野監督 (JR宮崎駅前で)

平野監督は言う

上映会を全国各地で行いながら、

各地の人との出会いや感想を聞くことが

私にとって新たな気づきになるし勉強にもなっている

 

今後の夢はと聞くと

これからは東京など大都市圏が中心となるのではなく

地方発で日本を変えたり

豊かにしたりすることができるのではないかと確信している

そんな人間との出会いから新しい題材も出てくるように思う

 

日本の伝統食は発酵と共にあったと思う

しかも身土不二という考え方が日本人の健康を支えていた

身土不二とは体と土は一体であり

自分の住んでいる土地で採れた旬のものを食べれば健康になるということ

コロナ禍がここまで長期間になる中で

日本人の食に対する考え方が一挙に変わったと実感している

安心安全な地元で採れた食物や発酵食品を食べ

体の免疫力をアップすることが健康の一番の近道だと思う

 

その意味でも、

平野監督には発酵する民、第2章では

是非、全国の地方で頑張っている発酵人に焦点を当てて欲しい

それが日本を豊かにする大きな近道になることは確信できるから

映画 ドライブマイカー

話題の映画ドライブマイカーを観た

3時間という長さを感じさせないどころか

私にとって心の迷いや悩みをときほぐしてくれる映画だった

なぜか心にしみじみと入っていく映画だった

カンヌ映画祭、ゴールデングローブ賞の受賞は当然だろう

この映画であればアカデミー賞は取れると確信した

原作は村上春樹の「女のいない男たち」の中の短編の

ドライブマイカーなのだが

その他の短編からもエッセンスを織り込んで

素晴らしい脚色に仕上げている

原作を基にここまで見事な村上ワールドを

現わしていることに敬意を表したい

さて内容は

舞台俳優で演出家の家福祐介は

妻の音と一緒に暮らしていたが、

セックスの後に音がシナリオを思いつき、しゃべり

それを家福がリライトするという作業で仕事が進んでいたのだが

秘密を残したまま突然他界してしまう

2年後、喪失感を抱えながら生きていた家福に

広島から演劇祭の演出の話が舞い込み、愛車のサーブで広島に向かう

そこで出会ったドライバーみさきとの中で

様々なことに気づかされていく

メインを広島にしたことも非常に良いし

そこで多国語演劇をするという設定も時代にかなっている

9カ国から選ばれたキャストも多様性を表現している

中でも透明感のある韓国のパクユリムの手話は素晴らしかった

最後は北海道まで車を走らせ日本の長さを世界に認識させた

世界中で国も年齢を超えて読まれている村上春樹

そしてメイン舞台は原発が落ちた広島

キャストが多国籍

ヤツメウナギの話など

色んな出来事の中で

家福と過去を持つドライバーのみさきと徐々に心がつながっていく

人は様々な悩みを持ちながら

平然と生きていく

そんなことを考えながらエンドタイトルを見つめていた

久しぶりに素敵な映画を見た!

マンゴー名人 曽我一敏さんご逝去

宮崎完熟マンゴーのルーツである

西都の8軒のマンゴー農家、

そのリーダー役だった曽我一敏さん(80歳)が

肺炎のため2月9日ご逝去された

 

大吟醸を楽しむ会では

曽我さんの完熟マンゴーを

蔵元のお土産に約20年間依頼していた

蔵元や東京からのお客さんも

大吟醸を楽しむ会の前日に曽我さん宅にお邪魔するのを

楽しみにしていた方も多かった

 

飾らない人柄、愛嬌のある笑顔、難解な西都弁

そして信念を貫くマンゴー栽培

曽我さんならではの甘いマンゴーは全国にファンがいた

ここ3年ほどは足が悪くなり

入院生活が続いていたのだが

先日、奥様の久子さんから危ないかもしれないとの連絡があり

心配をしていた矢先のことだった

曽我さんのマンゴーハウスにはこれまで

毎年マンゴーの花の時、成育中、そして完熟してきた頃と

年3回はお邪魔して話を伺っていた

曽我さんの西都弁は独特でわかりずらいのだが

20年の付き合いの中でほぼ理解できるようになっていた

石油が高くて大変だ

マンゴーは農業商品だがある意味、工業製品でもある

最近の若い人はマンゴーの栽培をネットだけの情報で勉強するだけ

そんなことでは本物の甘いマンゴーはできないなど

私の心の中にいつも本音の曽我語録が詰まっている

素朴で笑顔が素敵な反面、マンゴー栽培には頑固な曽我さんだった

曽我マンゴーは奥様と娘夫婦が継承されるという

昨年は天候不順の関係でマンゴーはほとんど出来なかったが

今年こそは曽我さんの血を受け継いだ完熟マンゴーを出荷して

天国の曽我一敏さんと蔵元さんたちを笑顔にしてほしい

バーOak(宮崎市)

通常であれば2月の宮崎は

プロ野球キャンプで宿泊が取れないほどの

ゴールデンシーズンなのだが・・・・

キャンプ地も県内客だけで閑散としている

 

宮崎もオミクロン拡大の影響でまん防の期間中であり

街中の飲食店も営業しているところが少ない

そんな中で頑張っている飲食店がある

宮崎の飲食街の中心地で営業をされている

オーセンティックバーでも有名なバーOakだ

土曜、日曜、月曜は12:00からランチを出している

お好きなパスタ、カレーとサラダ、

デザートとコーヒーが付いて1100円の安さ

けいこママが注文を受けてからの手作りというこだわり

さらにデザートも日替わりの手作りだから

美味しいのは当たり前だ

今日はプッタネスカ、特製辛めに仕上げてもらった!

刺激的なスパイシーさがまさに娼婦風パスタだ

デザートはイチゴのババロア

マスターの岩切さんに話を聞くと

まん防になって飲食店から人が消えた

しかし私たちも固定費があり

色んな努力をしないといけないので

土曜から月曜までの3日間ランチを行っているとのことだった

CPも良く、美味しいので ぜひ応援に行ってあげてください!

 

休んでいる飲食店の店主からはあきらめの声も聞こえてくる

ただ休むと自分のリズムを取り返すのに時間がかかるのだという

既にこれまで3回4回と休みが続き

大きな影響を受けている宮崎の飲食店街

このままどうなってしまうのか?

店主のため息とともにニシタチの将来がとても気になっている

発酵する民(宮崎キネマ館)

宮崎キネマ館で

2月11日から2週間12時10分から

話題のドキュメンタリー作品「発酵する民」が上映される

また2月13日と14日は

監督の平野氏が舞台挨拶をされるそうだ

 

内容は

海と山に囲まれた古都・鎌倉。

2011 年、このまちを「脱原発パレード」で歩いた女性たちが

「イマジン盆踊り部」を結成した。

彼女たちは、日々の生活の中で浮かび上がってくる思いを唄にして踊り始める。

お酒や味噌、パンづくりから生まれた「発酵盆唄」

海水を汲み、薪で火を炊いて塩をつくる「塩炊きまつり」

やがて、風変わりな唄と踊りが人びとをつなげてゆく。

 

この映画は、3.11 後の鎌倉や葉山での「生活」を描きながら、

個性溢れるパン屋や酒蔵も取材。

 

微生物たちの「発酵」の世界や、太陽系の惑星の動きが交差する。

そして、人や地域文化がゆっくりと変化していく様子を

まるで「発酵」していくかのように描いてゆく。

東日本大震災・原発事故から11年。

あの時に生まれたものは、今も確かに続いている。

音楽やアート、 ジャーナリズムなど異なるジャンルが

映画の中に入り込んだ鎌倉発「発酵」ドキュメンタリー!

監督 平野隆文

2013年、編集を担当した報道ドキュメント『東電テレビ会議 49時間の記録』

(制作OurPlanet-TV)が 科学ジャーナリスト賞大賞を受賞。

山形や福島、東京の映画館で上映される。

今回、鎌倉で出会った女性たちにカメラを向け

長編ドキュメンタリー初監督作品となる『発酵する民』を発表した。

発酵が人を繋げ地域を少しづつ変えていく

発酵に興味がある方は

そんな実体験をこのドキュメンタリー作品で是非してみてください!

小鹿田(おんた)焼

日田の中心部から車で30分ほど行くと

皿山の集落がある

ここが小鹿田(おんた)焼きの里である

小鹿田焼きとはどのようなものなのか?

16世紀末の豊臣秀吉の朝鮮出兵で

一緒に戦った黒田長政氏が

朝鮮から陶工を連れ帰り、

福岡で始めたのが小石原焼である

その小石原焼の陶工 柳瀬三右衛門を招き

黒木十兵衛によって開窯されたのが小鹿田焼きの始まりだそう

昭和29年、39年には

英国のバーナード・リーチ氏が逗留し

作陶したことでも有名になった

現在小鹿田焼きはわずか9軒で伝統が受け継がれている

何とものどかな山里である

雨の日だったが

開いている窯元にお邪魔してきた

全ては家族の手仕事だけで伝統を守っているそうだ

日常使いで使える素朴なお皿や茶碗が多かったが

どの窯元も作風が似ているのも伝統を受け継ぐ秘密かもしれない

平成7年には国の重要無形文化財に指定された

せっかくここまで来たのだからと普段遣いの皿とご飯茶碗を買ったのだが

お皿は使ってみると何でもよく合う!

焼き物に興味がある方は

一度訪ねて行かれると良いだろう