現代における下山の思想

五木寛之が書いた「下山の思想」 が売れている
まさに今の時代を的確に衝いた本である
 
日本も含めて世界が
経済的にも自然環境の面でも危うい状態に
なっていることは実感されている人が多いだろう
明日が計算できなくなった
そんな悲鳴に似た声をどれぐらい聞いたことだろう
そんな中で
意識を変えれば新しい視点が見えてくると
そんなイメージを持った本でもある
 
五木は説く
人生を山登りとたとえると、前半を登山、後半は下山だ
成長期の登山は終わり
ゆっくりとゆとりを持って堂々と下山しなければならない
日本に当てはめると
物を求めての高度成長期は終わり
精神文化を大切にする豊かな実り多い下山が必要だと・・・・
 
頂上を極めてもだれも維持することはできない
敗戦から見事に頂上を極めた今こそ
実り多き下山を思い描くのだ
下山は見下ろす雄大な大自然の風景に
喜びを見出しながら
ふと足元に咲いている山野草の可憐な花に美を感じる余裕もある
そして再度幸福とは何かを自分に問いかけるのだ
 
東日本大大震災は
下山の中で雪崩に会ったようなもの
しかし人は立ち上がって歩き始めなければならない
どんなにつらい絶望からも人は起き上がらずを得ない
どこへ下山するのか
その先に何があるのか
様々に想像すると、かすかな希望の灯が見えてくるような気がする
 
下山のプロセスこそが山に登ることへのクライマックス
言い換えれば人生のクライマックスなのかもしれない
それを受け入れる余裕と心が日本人に求められているのかもしれない
 
しかし不安なのは
日本の若者たちが登山を目指しているのだろうか?ということだ
一生懸命登山をしている若者もいる
しかしゲーム脳で登った気分になっている人
登らない人
様々だが夢中に登山をしている若者が少ない現実に
私たちは気づいている
 
登らない人は下山もできない
痛みや苦しみを身をもって体験しないと成長はない
それが日本の未来における大きな危惧となって私の心に迫ってくる