龍馬と塩浸温泉

鹿児島で会合があったので、そのあとリニューアルオープンした
話題の塩浸温泉公園に行ってきた
塩浸温泉は龍馬が湯治したと言われるところでもあり、新婚旅行で
もっとも長く
滞在した温泉としても有名だ
100606_155255.jpgのサムネール画像 
新婚旅行前後の龍馬の足跡を見てみたい
30歳池田屋騒動で多くの同士を失い、勝海舟の使者として西郷隆盛に会う
小松帯刀、西郷などの尽力で薩摩の保護を受ける
31歳 薩摩に行き、5月薩摩の援助で『亀山社中』設立
32歳 1月21日 薩長同盟締結
    1月23日 寺田屋事件のときお龍の注進で脱出。
これをきっかけにお龍と結婚
西郷らの計らいで薩摩に1866年3月新婚旅行に船で出かける
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3月10日 船で大阪〜長崎〜鹿児島
3月16日 船で鹿児島〜浜の市(隼人港)日当山
3月17日 塩浸温泉
3月28日 霧島山に出発
4月1日  塩浸温泉
4月8日  日当山
4月11日 浜の市
4月12日 船で鹿児島へ
6月1日 鹿児島〜長崎(お龍を下ろす)〜下関
 
龍馬が新婚旅行の感想を素直につづった手紙のレプリカを資料館で見ることが出来る
(現在 京都国立博物館所有)
この手紙は龍馬が1866年12月4日に乙女姉さんに出したものらしい
貴重なのはイラスト入りの手紙であることだ
高千穂の峰、天の逆鉾等が克明に記されている
龍馬の字はうまくはないが奔放さがうかがえる味のある字だ
 
塩浸温泉ではピストルで鳥を撃ったり、渓流で釣をしたり本当に楽しかったよう
高千穂の峰は登るのが大変だった、みやまきりしまの花が綺麗だった
そして天の逆鉾では天狗の顔に似てると2人で大笑いしたこと、引き抜いて元に戻したこと
等が書いている
霧島神宮は長い歴史を感じさせる風格がある雰囲気の神宮として紹介している
龍馬は西郷隆盛を評して この人にお願いすれば安心
国のために大きな仕事が出来る人だと書いている
最後に人を殺してはいけない
短気になってはいけないとも書いてある
 
この手紙のあと龍馬は

翌年の11月15日京都近江屋で暗殺されるまで

大きな歴史の流れに翻弄されながらも数々の成果を

わずか1年の間に成し遂げ突き進んでいく・・・・・
 
ある意味龍馬を薩摩が守ったから薩長同盟が出来、歴史が出来たのかもしれない
龍馬と西郷の国を想う人間の信頼関係、小松帯刀との友情と信頼、そしてお龍との新婚旅行
新緑に覆われたひなびた塩浸温泉を眺めながら
歴史を振り返り、国を想う心、人と人との交流や薩摩人のふところの深さに心が洗われる気がした