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女の人差し指(向田邦子)

時間ですよ、だいこんの花、寺内貫太郎一家などなど
私はこんなドラマを見て育った世代だ
その脚本を書いたのが向田邦子だ
脚本家だけではなくエッセイストであり小説家でもあった
 
黒柳徹子は彼女のことを
人間がまず面白い人だった
次々に新しいものを見つけてくる
そんな意味でも稀有な人間だったと述べている
 
1980年はNHKドラマ人間模様 あうん でギャラクシー賞を受賞
同年、短編の連作 花の名前、かわうそ、犬小屋で第83回直木賞を受賞した
翌年の1981年台湾での旅行中、航空機の墜落事故で51歳の若さで死亡した
 
向田邦子の作品は今もなお多くに人に読まれている
彼女はグルメとしても知られ
料理も得意で自炊もしていた
1978年には妹の和子と女性が一人でも気軽に立ち寄れるお店をと
小料理屋ままやを開店した
そんな向田邦子が女の人差し指の本のなかで
こんな素敵なエッセイを書いている
 
 
 母に教えられた酒飲みの心
 
父が酒飲みだったので、子供の時分から
母があれこれと酒のさかなをつくるのを見て大きくなった。
父は飲むのが好きな上に食いしん坊で、手の甲に塩があればいい
というほうではなかったので、母は随分と苦労をしていた。
酒飲みはどんなときにどんなものを喜ぶのか、子供心に見ていたのだろう。
父の機嫌のいい時には、
気に入りの酒のさかなを一箸ずつ分けてくれたので
ご飯のおかずとは一味違うそのおいしさを、
舌で覚えてしまったということもある。
 
酒のさかなは少しづつ。
間違っても山盛りにしてはいけないということも、このとき覚えた。
できたら海のもの、畑のもの、舌触り、
歯ざわりも色どりも異なったものが並ぶと盃が進むのも見てきた。
あまり大ご馳走でなく、ささやかなもので、季節のもの、
ちょっと気の利いたものだと、酒飲みは嬉しくなるのもわかった。
 
血は争えないらしく、うちの姉妹は、どちらかといえば
「いける口」である。
ビールにしろ冷酒にしろ、酒のさかなはハムやチーズよりも
昔子供の時分に父の食卓に並んでいたようなものが、
しんみりといい酒になる。
 
昭和一桁の昔人間のせいか、
女だてらに酒を飲む、という罪悪感がどこかにあるのか。
どうも酒のさかなは安く、ささやかなほうが楽である。
体のためにもいいような気がする
 
 
昭和30年代の家庭の風景が見えて
ほのぼのとした気分になる
今の時代にも当てはまる、酒飲みのつまみのあり方だと思う