トランプ政権、影のフィクサー

トランプ次期大統領が、選挙後正式に会った日本人は
1番が安部首相、2番目は孫正義氏だ
安部首相は会談後、通常国会でカジノ法案を
電光石火の早業で衆議院を通過させた。
そして孫正義氏はトランプ氏に
500億ドルの投資と50000人の新規雇用を約束した。
 
この2人の行動を読み解くと
同じキーマンが見えてくる
その人物とはシャルドン・アデルソン氏
ラスベガスサンズのCEOでありアメリカのカジノ王もいわれる
選挙におけるトランプの最大のスポンサーでもある人物だ
 
シャルドン・アデルソン氏は
ラスベガスのサンズを買い取りベネチアンリゾートとして生まれ変わらせ
2004年にはマカオサンズ
2007年にはベネチアンリゾートマカオ
そして2010年
現在シンガポールのシンボルともなっている
マリーナベイサンズをオープンさせた
ラスベガスサンズは2013年からは東京を次のターゲットに積極的に動いており
東京、大阪に100億ドルの投資をすると言っている
シャルドン・アデルソン氏は自ら議員連盟にプレゼンテーションを行ったほどだ
 
トランプが選挙に勝った時は
クリントンで勝利を確信していた日本の外務省ルートは壊滅状態
そのため、ほかのルートを考えなけらばならなかった
10月に来日して自民党本部で講演したマイケルフリン氏
彼はその時に菅官房長官と会談をしている
政府はこのルートを使ったと言われているが
その影ではシャルドン・アデルソン氏が大きな役割を果たしたのではないか
安部首相はトランプ対談のお土産として
カジノ法案を通すことと
サンズの日本進出の了解ではなかったのだろうか?
立会人としてイバンカの夫である
不動産業のジャレットクシュナー氏がいたことも符合する
そう考えると全てが腑に落ちる
 
次が孫正義氏
彼はシャルドン・アデルソン氏と旧知の仲だ
カジノ王への道へのきっかけは孫正義氏から始まったと言っても過言ではない
1990年初頭ラスベガスで
シャルドン・アデルソン氏はコンピュータ関連の見本市
コムデックスを経営していた
孫正義氏はそのコムデックスを買収し
アデルソン氏はそのお金でサンズを買い取ったのである
ここからカジノ王への道がスタートしたのだ
 
ここからは推論だが
そんな意味でも孫氏のトランプ対談の願いは聞き入れやすかったのだろう
シャルドン・アデルソン氏のルートで会談は実現し
トランプにはインフラ投資と5万人の新規雇用を約束した
トランプにとっては大きな公約実現の一歩ともなる
 
孫さんならではの世界的な幅広い人脈と才覚の早業だ
その裏にはスプリントとTモバイルとの合併の
再挑戦という孫正義氏の大きな野望が浮かんでくる
その理由は大幅な規制緩和を実施してという
文言が入っているからだ
 
私の推論が正しいのか正しくないのかは
1年後、2年後には、はっきりするはずだが
これからのトランプ政権の陰のキーマンは
シャルドン・アデルソン氏であることは間違いないだろう
今後も彼の動きには要注目である
 
 

鎌田(名古屋市)

名古屋のステーキの名店なのだが
ランチもとても人気がある
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今日はハンバーグとカレーのセットランチ 980円
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セットの内容は
えびのつみれが入っているフォー
少し小ぶりのハンバーグ
それにカレーがセットになっている
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フォーがさっぱりして食欲をそそる
ハンバーグは肉汁はあまり感じないけれど
ランチとしてはとても美味しい
カレーはこのステーキ屋さんが研究して作り上げた
自慢のものらしいが私にとってはマイルドではあるが普通
 
 
女性主人のきびきびとした接客が気持ち良い
CPもすぐれた良い店だ
 
 
 
きびきび度   ★★★☆
 
 
鎌田
 
名古屋市中区栄4丁目6-18パークプラザ1F
052-242-0257
火曜~金曜    11:30~13:30   17:00~21:30
月曜、土曜     17:00~21:30
(日曜祭日休み)
 
 
 
 

揚輝荘(名古屋市)

名古屋市の地下鉄覚大山駅から
日泰寺参道を10分ほど歩き、横に入ると揚輝荘がある
 
ここは松坂屋の初代社長
伊東二郎左衛門祐民によって構築されたもの
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約10000坪と言われる敷地の中に
庭園や各種建造物が建っている
かっては各界の要人や文化人の迎賓館、社交場として
またアジアの留学生の寄宿社としても利用され
国際的なコミュニティを形成してきた場所でもあったそうだ
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そのシンボルとなるのが聴松閣だ
設計がすでに完成していた建物だが
伊東氏は昭和9年、釈迦の誕生2500年の時にインドを旅行する
インド各地の釈迦の生誕地などを回り帰国する
インドに行く前に設計はすでに完成していたのだが
インドの印象がよほど衝撃的だったのか
地下の設計変更を竹中工務店に指示する
 
完成は昭和12年
地上2階、地下一階の建物
外観はハーフチンバーの外壁などで山荘風に仕上げてある
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中に入ると各国様式がミックスされた
重厚な雰囲気だ
 
地下は強烈なインドの影響が随所にみられる
伊東氏の想いを感じることができる
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豊かな紅葉と緑に囲まれた揚輝荘
文化の香りのする憩いの場所だ
 

究極のエコシティ江戸

良く言われることだが江戸時代の江戸が
なぜ理想の循環社会であり持続社会であったのだろうか?
 
その答えは竹田恒泰氏
日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか
の本の中の 大自然と見事に調和した巨大都市江戸
を読めば理解できる
 
大自然との調和については
日本が世界に誇るものは多々あるが
なかでも江戸の循環構造は、どの国の都市でも到達できなかった
「持続する都市」を実現した稀有な例である
・・・・・
1719年江戸の人口は100万人を突破し、
1746年には120万人となる
1750年の欧州最大都市ロンドンは人口70万にすぎない
いかに江戸が巨大都市だったか想像することができよう
 
江戸の街は江戸湾を取り囲むように沿岸に栄えた
街を田畑を囲み、田畑を森が囲む
「海、街、田畑、森」の四段構造になっていたのが特徴である
森は生命に不可欠なリンなどの養分の宝庫であり
森の養分は河川によって運ばれ
田畑と街を経て海に注がれる
河川は田畑に栄養分を供給して野菜を育て
人々の生活を潤し、江戸湾に富栄養化をもたらして海藻や魚介類を育てた
・・・・・・・
江戸がエコシティと言われる最大の理由は
都市部と江戸湾に集積された養分が
森に戻される循環構造が確立していたことである
 
それだけではない
江戸では数々のリサイクルの職業が成り立っていた
錠前直し
瀬戸物の焼きつぎ
下駄の歯入れ
提灯の張り替え
紙屑買い
などなどリサイクルの職業も多彩で
物を捨てることはなくして
とことん物を有効活用する社会だったと言えよう
 
それに比較すると現代はどうだろうか?
ゴミはどんどん増大し歯止めが利かなくなっている
 
江戸時代は
電気もなく、冷暖房もなく、大きな機械もなく、もちろん農薬もなく
自然の中で
120万人以上が豊かに住むことができる循環社会を創り上げた
これだけの循環構造を作り上げた江戸時代の日本人
 
その歴史から考えると
私たち日本人には本来
循環社会や持続社会のDNAが存在すると考えられるのではないか?
日本は今環境問題、エネルギー問題など
数多くの問題を抱えているが
地球にやさしいエコ社会を一人一人が考え実践することから
社会が大きく変わり始めるのかもしれない
それは昔、日本人が当然のごとくやってきたものなのだから・・・・・・

鵜匠の家すぎやま(岐阜県)

長良川のほとりに立つ
鵜匠の家 すぎやまは夏から秋は鮎
冬から春は鴨料理で有名なお店だそうだ
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白扇酒造の加藤社長のご紹介で
一緒にお伺いする
長良川の穏やかな流れ
対面の金華山の山頂には岐阜城が見える
鮎の季節にもちろん鵜飼も見ることができる
素晴らしい眺望である
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鴨はローストバラと肝
鴨を焼く鉄板も独特なもの
すずりと言っても良いような小判型の鉄板を
備長炭の炭火の上にのせ
このうえで鴨を焼いていく
野趣味たっぷりの御狩場焼きと言う食べ方
この鉄板は宮内庁鴨場ゆかりの鉄板なのだそうで
宮内庁以外はここしかないものなのだそうだ
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食べる時には大根おろしと一緒に食べる
さて一口食べてみる
驚くほど臭みがない
通常の鴨は臭くて食べられないので
合鴨の方がおいしいと思っていた
その概念が覆された
加藤社長も私もあまり鴨は食べないが
ここの鴨だと食べられるとおっしゃっていた
それほど美味しい鴨だ
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お酒は花見蔵の大吟醸
この大吟醸は嵐山吉兆の要望で開発されたとか
香りを抑えて
食中酒として飲めるようにしたという
確かに最初の一口は甘く感じるがすいすいいける
この鴨肉でも負けることなくさらりと飲んでしまう
 
もっと驚くのはこの後
鴨チャーハンが出てきた
この鴨チャーハンが絶品だった
濃厚な鴨肉と脂のうまみが米全体にしみわたり
格別の味わいだ
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いやあ 鴨の概念が全く変わってしまった・・・・・
聞いてみると鴨は野生の中で最も美味しいと言われるマガモの雄(青首)らしい
加藤社長ありがとうございました
次は鮎の季節に来たいものだ!
 
 
 
鴨の絶品度     ★★★★☆
 
 
鵜匠の家 すぎやま
 
岐阜市長良73-1
058-231-0161
 

白扇酒造の本みりん(岐阜県)

岐阜県川辺町にある白扇酒造
近くには飛騨川が流れており、環境もとても良いところ
ここに江戸時代後期からあると言われている
白扇酒造の蔵がある
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加藤孝明社長とは大吟醸を楽しむ会の参加が御縁の始まり
もう15年以上のお付き合いをさせていただいている
 
日本一と言われる福来純本みりんは
昔ながらの製造方法を守って今も造り続けている
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原材料は米麹、もち米、焼酎
もち米の原料は岐阜県と秋田県や佐賀県などのもの
蒸したもち米に米麹と焼酎を混ぜ合わせて仕込む
4日後に踏み込み(表面と中を入れ替える)を行い
その後は1週間ごとに櫂入れを行いながら
1か月半かけて温度を30度から20度にゆっくり下げていく
そうすると風味のある品質の良いものになるのだと言う
 
それから昔ながらのふね搾りを行う
搾りはお酒より時間がかかると言う
そのみりんを3年間熟成させると、琥珀色に変化し
穏やかな甘さと濃厚で複雑なうまみの味醂が完成する
3年の時を超えた魂の一滴
まさに唯一無二の味醂だと実感した
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この 福来純 本みりん は全国の和食屋さんをはじめとして
洋菓子にも広く使われている
特に北海道の六花亭は30年以上のお付き合いだと言う
また嵐山吉兆をはじめ多くの料亭にも愛用されている
 
日本酒の名前は昔は黒松白扇だったが
加藤社長時代に花見蔵に統一したそうだ
蔵に昔のお酒の自動販売機があった
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蔵の実務は現在ほとんど息子さんに任されている
あまり口は出さないという
もう彼らの時代だと淡々と話をされていたが
なかなかできることではない
ただ将来どの規模でやって行くかは大きな問題だ
今のままではほどほどやっていける
しかしそれ以上になると大型の設備投資が必要
どうするかはこれからの問題だと
 
陶芸の古志野で人間国宝となった荒川豊蔵さんの
最後の愛弟子と言われる豊場惺也さんのところにもお連れいただいた
豊場さん作の来年の干支のぐい飲みが写真のぐい飲み
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大変味わいの深いぐい飲みだ
加藤社長は陶芸も趣味だそうで
いろんな窯をご存じのようだ
 
白扇酒造は秋から冬が日本酒
春から夏が焼酎仕込みと味醂造と違った意味での
四季醸造を行い経営の効率化を図っていらっしゃる
働いている方たちも若くて将来がもっと楽しみな蔵だと実感した