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究極のエコシティ江戸

良く言われることだが江戸時代の江戸が
なぜ理想の循環社会であり持続社会であったのだろうか?
 
その答えは竹田恒泰氏
日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか
の本の中の 大自然と見事に調和した巨大都市江戸
を読めば理解できる
 
大自然との調和については
日本が世界に誇るものは多々あるが
なかでも江戸の循環構造は、どの国の都市でも到達できなかった
「持続する都市」を実現した稀有な例である
・・・・・
1719年江戸の人口は100万人を突破し、
1746年には120万人となる
1750年の欧州最大都市ロンドンは人口70万にすぎない
いかに江戸が巨大都市だったか想像することができよう
 
江戸の街は江戸湾を取り囲むように沿岸に栄えた
街を田畑を囲み、田畑を森が囲む
「海、街、田畑、森」の四段構造になっていたのが特徴である
森は生命に不可欠なリンなどの養分の宝庫であり
森の養分は河川によって運ばれ
田畑と街を経て海に注がれる
河川は田畑に栄養分を供給して野菜を育て
人々の生活を潤し、江戸湾に富栄養化をもたらして海藻や魚介類を育てた
・・・・・・・
江戸がエコシティと言われる最大の理由は
都市部と江戸湾に集積された養分が
森に戻される循環構造が確立していたことである
 
それだけではない
江戸では数々のリサイクルの職業が成り立っていた
錠前直し
瀬戸物の焼きつぎ
下駄の歯入れ
提灯の張り替え
紙屑買い
などなどリサイクルの職業も多彩で
物を捨てることはなくして
とことん物を有効活用する社会だったと言えよう
 
それに比較すると現代はどうだろうか?
ゴミはどんどん増大し歯止めが利かなくなっている
 
江戸時代は
電気もなく、冷暖房もなく、大きな機械もなく、もちろん農薬もなく
自然の中で
120万人以上が豊かに住むことができる循環社会を創り上げた
これだけの循環構造を作り上げた江戸時代の日本人
 
その歴史から考えると
私たち日本人には本来
循環社会や持続社会のDNAが存在すると考えられるのではないか?
日本は今環境問題、エネルギー問題など
数多くの問題を抱えているが
地球にやさしいエコ社会を一人一人が考え実践することから
社会が大きく変わり始めるのかもしれない
それは昔、日本人が当然のごとくやってきたものなのだから・・・・・・